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夜鷹の床(3)

[680] うなぎ 2012-02-03投稿
「ひやぁ、すっかり降られちまったよお」
 木戸から断わりもなく入って来たお理津は濡れ髪で、抱えていた莚を土間に放り投げる。狭い部屋を埋め尽くす傘の中で、丸い背中が揺れた。与兵衛である。
「お理津か。そろそろ来るんじゃないかと思ってたよ」
「あたしを待ちわびてたんかい?」
「馬鹿言え。ほら、そっちの傘はもう乾いているから畳んでいいぞ」
 お理津はその辺の傘を畳み、自分の座る場所を作った。結ってもいない髪は重く垂れ、一重の大きな目がその割れ目から覗いている。筋の通った鼻先に雫。「借りるよ」とだけ言って、かまどの上にあった手拭いで髪を拭く。
「まったくさ、河原でお侍の相手してたら、いきなりこの大雨さ。途中でやめて金子も取らずに慌てて雨宿りだよ」
「夜鷹が昼間っから商売かよ」
「しょうがないだろ? 今どきたったの二十四文なんだ。明るかろうが暗かろうが、やれる時にやんないと飢え死にしちまうよお。それともあんたが食わしてくれるってのかい?」
 忙しなく髪の毛を拭うお理津は、久間に負けないくらい減らず口を叩く。
「俺の稼ぎもお前とたいして変わらん」
「嫌だねぇ貧乏話は。あたしだって芸事のひとつでも覚えてりゃ、遊廓でもっと稼いでやるんだけどねえ」
「お前の不器用は生まれつきだからな」
 与兵衛を睨み付けるも一瞬。しんなりと膝を崩し甘い声で囁く。
「でもね、男をよろこばせる事にかけちゃ、誰にも負けやしないよ」
「こら! そこの傘はまだ乾いておらん!」
「んっもぉぉぉ、狭い狭い狭いっ! こんな傘だらけの部屋だから……」
 朱色の花が咲き乱れる六畳間、小さな拳で膝をだむだむと叩く。そんな姿を見て、与兵衛は微笑むのであった。薄暗い中で糊を仕舞い、乾いている傘を畳んでまとめあげる。お理津はかまどに火をくべて雑穀を炊き、梅干しと漬物で質素な食卓を作る。
「いつもすまぬな」
「やめとくれよ。別に女房の真似事なんかしようってんじゃないけど、これくらいはしないとさ」
 まるで通い猫だな、と与兵衛は思う。気が向いた時勝手に上がり込み、気付けばもういない。いよいよ何も見えなくなってから行灯は灯された。菜種油も安くはない。
「もう夕立の季節だな」
「うん、だいぶ暑くなって来たよ」

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