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夜鷹の床(13)

[592] うなぎ 2012-02-05投稿
 与兵衛はいつも昼近くまで寝ているのだが、この日は早目に目を覚ました。お理津と紫乃はまだ寝息を立てている。二人を起こさぬよう忍び足で寝床を抜け、土間で支度をする。雨戸を閉めたままの部屋は暗く、台所の風取り窓から洩れる光と雀の声でのみ朝だと解った。
「あら与兵衛さん、今日は珍しく早いじゃないか」
 くたびれた弁髪もそのままに、部屋から出てきた彼に声を掛けたのは長屋の奥、井戸端に群がる女房たちの一人。
「まぁ、たまにはな」
「朝早いのはいいけどアンタ、頭ぼさぼさじゃないか」
「いいのさ。別にお城に上るわけでもねえし」
「そんなんだから嫁もきないんだよう」
「大きなお世話だ」
 そう言って自嘲気味に短く笑うと、照れ臭さを残しその場を退散した。
「……あれで夜鷹なんか連れ込んだりしなきゃ、いい男なんだけどねぇ」
 与兵衛の姿が見えなくなるなり、声を小さくして囁き合う女房たち。
「まったくだよぉ。昼行灯な所もさ、きっとあの夜鷹に毒されてんだよ」
 みな一様に苦虫を潰したような顔。

 昨日の雨が嘘のような快晴。与兵衛は長屋を出て蔵の並ぶ運河沿いの道を歩き、久間の屋敷を目指した。暫くして河岸町に差し掛かった辺り、何やら人だかりが出来ている。何事かと人垣の肩越しからひょいと首を伸ばして様子を伺った。運河の水面に、死んだ魚の腹のような白さ。すっかりふやけた土左衛門である。
「おう、与兵衛」
 声を掛けたのは、久間紀之介であった。
「何があったんだ?」
「どうもこうもねぇや。仏さん、美濃屋の平吉だ」
 岸では喜作が荷鉤を持ち、俯せで浮かぶ仏を掻き寄せている。
「昨夜俺の屋敷で飲んでいてな、しこたま酔って帰ったんだが、どうもなぁ」
 そこまで言って彼は与兵衛の袖を引き、人垣を離れた。そして急に小声で喋り出す。
「平吉の旦那を送って行ったはずの紫乃が帰って来ねぇんだ。しかも弁天橋の手前に焼けた提灯が落ちていた」
「紫乃というと、お前んところに奉公している、あの娘か」
「辻斬りにしちゃぁ血痕も斬られた痕も無ぇ。どう思う?」
「さてなぁ」
 人だかりは増える一方。眉間に皺を寄せながらも溺死体に皆興味津々である。
「旦那、少々若過ぎるくらいの娘が好きだったからなぁ。差し詰め紫乃に妙な真似でもして、川に突き落とされたんじゃねぇかって睨んでんのさ」
「あの小娘にそんな力あるかね?」

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