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夜鷹の床(27)

[642] うなぎ 2012-02-07投稿
「なっ……こ、ここで待ってなって言ったじゃないか」
「一人でじっとしてるのが嫌だったから……」
 与兵衛は薄暗い畳の上で何も言えず、目のやり場にも窮し、ただ無言の背中を向けているのみ。手元が止まっている所を見るに、聞き耳を立てているようである。
「私、怖くって、声も掛けれなくって……。でも、もう子供じゃなくなったから、だから、もう誰にも苦労かけないように……」
「まさかあんた自分から」
「うん。優しいお爺ちゃんのお坊様が、いたの」
「馬鹿だよ……馬鹿だよあんたは!」
 お理津は昔の自分を思い出さずには居られなかった。十四の夏、彼女はひもじさのあまり男に初めて体を売った。その時に、心が死んだ。丁度こんな風に。
「でもお坊様は、私と天井まで昇ったまんま降りて来なくて……気付いたら動かなくなってたの」
「な、何があったってんだよ」
「お理津さん。また、昼間みたいに慰めてよ。気がふれるくらい何もかも忘れさせてよ」
「馬鹿言うんじゃないよ。だいいち、今は与兵衛さんが……」
 もしや、紫乃を目覚めさせてしまったのは自分。よもや、紫乃が壊れてしまったのも自分のせい。かも知れずと、お理津は感じずには居られなかった。
「あたしも行水しちゃうよ」
 裸けたお理津の背中には、血の滲んだ痕が痛々しい。ちらりと様子を窺う与兵衛は、ただ唖然とするばかり。
「さ、紫乃。今度はあんたがあたしの背中を洗っておくれな」
 水に浸かり背を向けるお理津。擦り傷に砂が付着し、土で汚れている。二人で浸かれば大ダライもさすがに狭い。
「痛いの?」
「ちょっとね。たまに乱暴な客がいるけど、もう慣れっこさ」
 湿らせた手拭いで傷を洗えば、水が沁みてか背中に力が入る。紫乃は優しくその傷口に触れ、そしてみみず腫をなぞらえた。
「お理津さんは、あんなふうにされても平気なの?」
「嫌だよ。でも仕方ないじゃないか」
「好きでもない人に抱かれても?」
「あたしは元々淫乱なんだ。だから……」
「でも、本当は与兵衛さんに抱かれたいんでしょ?」
 畳の上でびくり、と、丸まった背中が揺れた。
「ば、馬鹿! 何言い出すんだよこの娘は!」
 振り向かせない。ために、紫乃はその背中に貼り付いた。脇から差し込んだ細い腕で、その体を抱き締める。

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