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夜鷹の床(33)

[591] うなぎ 2012-02-08投稿
「いいって事よ。その代わりと言っちゃあなんだが、お前んとこの夜鷹にな、掃除をしに来て貰いてえんだ」
「お理津にか?」
「掃除ぐらいできるだろ。紫乃も居なくなっちまったし、女手が無いと何かと不便でなあ」
「……実はな久間。話さなければならん事がある」
 与兵衛は膝を正した。いつまでも隠し仰せはしない。そう思っていた。
「なんだよ改まって、水臭せぇ」
「紫乃なんだが。……実は、うちに転がり込んでいる」
「なっ!」
 久間は呆気にとられた顔で与兵衛を見詰める。
「そこで、折り入ってお前に頼みがある。紫乃を俺に引き取らせてくれ」
 憮然と腕を組む久間。
「何言い出すかと思えば。だいたい紫乃は美濃屋殺しの下手人だぞ」
「ああ。ただ、この屋敷の奉公人でもあった」
 ため息を漏らし茶を啜るも、視線は与兵衛を見据えたまま。
「お前の言う通り紫乃をしょっ引いたら厄介な事になる。突き落としたのが同心屋敷の奉公人ともなりゃあな」
「紫乃は美濃屋に襲われて、突き飛ばした拍子に堀に落ちたと言っていた」
「ああ。そんなこったろうと睨んではいたさ。だがまさか、お前んとこに逃げ込むとはな」
「頼む。久間。紫乃をそっとして置いて欲しいのだ」
 与兵衛は頭を下げた。
「お前がそこまで言うなら仕方ねえがしかし、なぜお前が紫乃を庇う」
「放ってはおけぬのだ」
「まあ、お前らしいが。しかしなぁ、女を二人も囲おうとは分をわきまえぬも甚だしい」
「分かっている。だからこそ、どんな役目でも受けさせて貰うつもりだ」

 久間の屋敷を出た時には、陽も随分と傾いていた。紫乃の事は目を瞑って貰えそうであったが、多少の不安もある。
「それにしても……」
 陽の陰り始めた運河を見詰めながら、橋の上で独りごちる与兵衛。
「女のためにここまでする俺も阿呆だ」
 村落取締出役は実際呑気な役回りである。平穏な世ゆえに剣を抜く事などもまず無いだろう。まして馬廻り役などはただ馬を引き、陣屋や宿屋の手筈をするくらいである。
「まぁ、いつまでも傘を貼って燻っているよりは、ましかも知れんな」
 七つの鐘が鳴る。与兵衛は長屋へと足を向けた。

 薄暗くなり始めた部屋には紫乃一人が佇んでいた。
「お理津は出掛けたか」
「あ、お帰りなさいまし。お理津さんなら先程出て行かれました」
「左様か」

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