ワンシーン
時計の針が逆さまに動いたみたいに。
血中濃度が一気に高まって心臓が膨らんだみたいに。
たかが。
たかが、柔らかなネコ毛が俺の肩に触れたくらいで。
たかが電車の揺れのせいで頭が肩に乗っかったくらいで。
はね上がって置き所ない胸の痛みが…突き抜けて響く痛みが…。
呼び掛ける。
頭んなかで。
ダメだよ。
触れちゃダメだ。
俺が、いま、触れたら…。こいつの髪に少しでも触れたら…。
俺達は、俺は…戻れない。それ以上を求めてしまう。
それでも、震える指先が伸びていく。
長い睫毛の影が、白い頬に落ちていて…たまらなく綺麗で…。
それに触れられたら死んだっていい。
こいつの目覚めたとき、側にいるのが俺で、一番にその黒目に飛び込むのも俺で…それだけで我慢しなきゃいけない。
同性だから?
友達だから?
叶わないから?
否。
そばに、いらんなくなるから。
いっそ、離れられたら…忘れられたら…。
コップの表面に膨らんだ透明な水。
表面張力で辛うじて雫にならないでいる水。
それが今の俺だ。
せめて。
この一瞬が続けばいい。
ほんの一駅。
たった一駅…。
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