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夜鷹の床(4)

[690] うなぎ 2012-02-03投稿
 質素な晩飯であっても顔を突き合わせて食すれば美味く感じるというもので、その点彼は有り難くも感じていた。食べ終わる頃になって夏虫の落ち着く音色。行灯の明かりは土間にまで届かず、食卓を片付けるお理津の手元は暗い。
「聞いたか? お理津。昨晩辻斬りが出たそうだ」
「物騒だねえ」
「他人事のように言うでない」
 片付けが済んでから酒器を出し、二人は酒を酌み交わす。
「あたしの事、心配かい?」
「……」
 答えず、黙って杯を突き出す。
「刀で斬られるか飢え死にするかの違いじゃないか」
「もう酔ったのか?」
「このくらいじゃ酔いやしないよ。さてと、雨も止んだみたいだね」
「行くのか?」
「行ってほしくないのかい?」
「馬鹿言え。忙しない奴だと呆れていたところだ」
「莚置かしといてもらうよ。朝方、またお邪魔するけど」
「勝手にしろ」

 雲の切れ間から少し欠けた月が顔を覗かせている。はぐれた風に柳が揺れれば、湿った青臭さが鼻孔をくすぐる。道はぬかるみで、月を映した水溜まりを避けながら歩く。やがて、昼間雨宿りをしていた軒下に再びお理津は立った。
 通りは風が過ぎるばかりで人影は無い。お理津は遠くに揺れる提灯を見たが、橋を渡って来る手前で右に折れてしまった。ため息は行く宛てもなく闇に溶ける。
「ちょっと早かったかねぇ」
 独り言も虚しく朧月。その時、先程提灯の消えて行った運河沿いの道に人影が現れた。闇を透かして見れば、その侍ていの男は久間である。軒下から出て橋を渡るお理津に気付き足を止めた。
「いい月夜だねえ、旦那」
「そうだな」
 ひと言だけ答え、久間は黙って歩き始める。お理津はその後を、ただ静かについて行った。

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