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夜鷹の床(18)

[685] うなぎ 2012-02-05投稿
 夕暮れ迫る武家屋敷の一角。久間の屋敷の庭から、気合いの篭った声。
「何かあったんか?」
 答えずに柄を握る手に力を込める与兵衛。
「お前が俺んとこで刀振るなんて、何年振りかなぁ」
 鈍く輝く青白い刀身は空中で静止したまま微塵も動かない。与兵衛もまた目を瞑り、水を打ったような心。やがて背の高い庭木が風に揺れた、その瞬間。雑念を断ち斬るように気を込めた一閃は、青臭い風を両断した。
「腕が鈍った」
「傘なんぞ貼ってばかりいるからだ」
 与兵衛は再び構えに戻る。上段の構え。
「昔は俺といい勝負してたのによ。ところがどうだ。今のお前のその構え、雑念だらけじゃねぇか」
「くっ……」
「まぁとりあえずどうだ、飲まねぇか?」
 縁側に座る久間の手元には、既に酒器がひと揃え。盃は二つ。
「喜作は見廻りか?」
「さてな。どこぞで飲んでるかも知れねぇな」
 与兵衛は刀を鞘に納め、久間の隣に腰を降ろした。手にした杯に久間が酌をする。
「その後、どうだ?」
「とうもこうも、よりによって美濃屋の旦那が死んじまったからな。あいつには随分と助けられていたもんだで、若旦那がどれだけ世話してくれるかだな」
 美濃屋からの上納金もあってこそ、岡っ引きの喜作の面倒も見れていた。
「大変だな。お前も」
 いつしか影も伸び、庭全体が日陰となった。庭木の楓と松の上半分だけに陽が射している。
「ところで久間。その……仕官の話なんだが……」
「おお! その気になったか!」
「傘貼りだけでは、些か苦しくてな」
「どんな役目になるか分からんが、俺は奉行所に顔が利くからよ。早速明日にでも話ておくぞ」
「すまぬな」
「なに、お前とは共に剣術を研いた仲だ。遠慮するこたぁ無ぇ。ま、飲め」
 移りゆく空を眺めながら杯を重ねる。久間は与兵衛の肩を叩き一言。
「じゃぁ、次は縁談だな」
「そこまでは世話にならん」

 その頃お理津は河川敷で莚を抱え、同じ空を眺めていた。紫乃はついて来ると言い張ったが冗談ではない。商売の邪魔だと言って置いて来た。与兵衛の部屋にいれば安心である。
 夜鷹の客は武士が多い。それも与兵衛のような下士。羽振りのいい商人や上士たちは遊廓に通うのだ。いずれにしても、まだ陽も暮れてない内から女を抱こうとする男は居るものである。

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