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夜鷹の床(21)

[699] うなぎ 2012-02-06投稿
 風に吹かれて葦がざわめく。そのざわめきの中に行為の一部始終を覗き見ていた目があった事に、お理津は気付かなかった。後を追って来たにも関わらず、よろよろと河原を後にする彼女を見送るばかりで、最後まで声を掛けられずにいたのは紫乃。与兵衛の部屋で一人じっとしている事が、申し訳なくもあり嫌でもあった。
「何してんだろ。私」
 まるで強姦のような交わりは紫乃にとっと衝撃だった。そこまでして得る金子は雀の涙で、それでもお理津は守ると言ってくれた。なのに自分はなんと無力なことか。
 紫乃は河原沿いの道にある小さな祠の前で、一人膝を抱えて座り込んでいた。このまま甘えていても、いいのだろうか。生きていても、いいのだろうか。夏虫の静かなる声は紫乃を慰めているように優しげであった。
 しばらくすると、僧侶の風体をした男が提灯を掲げ、川沿いの道を歩いて来た。坊主頭は宵闇でも目立つ。紫乃は咄嗟に祠の影に隠れ、やがて前を通り過ぎようとしたその時。
「あの……」
「うおっっ!」
 僧侶は驚き数珠を出す。
「な、なんじゃ。小娘ではないか。儂はてっきり物の化かと思うたぞ」
 よく見れば老体。立派な顎髭は白髪混じりである。
「あの……私を買っては、くれませんか?」
「なっ、出し抜けに何を言うんじゃ」
 紫乃は下を向いた。緊張で膝が震え出す。
「お前さんはなんだ。その若さで夜鷹の真似事か?」
「……」
 何も考えず、ただ当てずっぽうに声を掛けてしまった。説教でも始まるのかと思いきや、老僧はただ黙って紫乃の手を取る。皺だらけの手が、まるで血が通ってないかのように冷たい。
 河原からほど近く、寂れた感じの古寺があった。屋根は茅葺きで苔むしており、種が飛来したのかペンペン草まで生えている。
「ほれ、遠慮はいらん。入りなされ」
 真っ暗な本堂の中もまた埃っぽく、ともすれば廃寺にも思える荒れ様であった。燭台に火が灯されると、闇に鈍い輝きを纏いつつ浮かび上がった観音像。手入れを怠っているのか、よく見れば蜘蛛が巣食っている。
「あの……」
「そう緊張するでない。ささ、脱ぐんじゃ」
 何もされないのかと微かに持った安心感も、たちどころに消え去った。ただのなまぐさ坊主のようで、禁欲の欠片も無さそうである。しかしいくら俗物とは言え、掃除ぐらいはしないのだろうか。

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