『私で宜しければご案内しましょうか』
私は畳み掛けて言った。
女は驚いたように一歩尻退いた。
『ええ、時間があるものですから。…あ、でも結構です』
と顔の前で手の平を振る
私は名刺を差し出した。
もちろん本物の公務員の観光局の名刺だ。
女はそう言いながらも名刺に目を通して
『観光局…市の?…』
と言った。
『市と県の合同ですかね…県内どこでも。私、今日は休日ですが…こんな綺麗なご婦人を無愛想にすると叱られます』
『私、元冠の役の遺跡が見たくって。…近くですか?』
と女が言う。
『はい!そうですね、私の車ですが10秒もあれば…』
私がふざけて答えると
『うふふ!福岡の方って楽しいんですね!…真面目にどのくらい時間はかかります?』
と女が笑いながら言う。
『元冠の遺跡と言っても砂浜だけですし、方向は違いますが太宰府天満宮を回っても夕方までにはここに戻れます』
『ああ!菅原の…』
と女は言って携帯を開いた。『…太宰府と、ええ、元冠の、ええ、夕方までにはホテルに、ええ』
さっきの男だろう、携帯で話してパチンと閉じた
作戦を考える。
とにかく観光はさせねばなるまい。さっさと済ませて時間を作ることだ。
パーキングから車を引き出し女を乗せて都市高速に乗った。下り線に乗り太宰府ランプで降りた。
途中、車内で女は話してくれた。
…旦那は医者で愛知から来た。九州大学で学会があり付いて来た。宿泊ホテルはあの有名ホテル。明日には帰る…と言った
太宰府では女はお守りと幾つか土産を買った。
私は何種類かのパンフレットを折り畳んでポケットに入れ、また都市高速を戻りドーム球場を左に見ながら海岸線に出た。
『ここに蒙古軍が…攻めて来たんですね…』
御影石の椅子に腰掛けて海を見ながら女が言った
私は自販機からコーヒーを買い隣に腰掛けた。
女は缶を両手で挟んで美味そうにコーヒーを飲んだ。
『福岡は何もなくて。…福岡ドームを見ますか?もうランチタイムですが、食事にしますか?』
『野球場でしょ?名古屋にもあります。食事は何が美味しいですか?』
『博多ラーメンですかね。あとはありふれた海の幸…
それとも、観光マップには載ってませんが…静かなホテルでルームサービスで、食べますか奥さん。…ご主人に渡せば… これ、アリバイ証明…夕方にはホテルまでお送りしますよ』
私は何枚かパンフレットを女に差し出した。
女が私の顔を見つめた。
成否分岐点だ!