あの『準初体験』の後……猛烈な眠気に襲われた僕は、さながら泥酔したおっさんの様に深い眠りについた。
……魔界から『願い』を叶える為にやって来た悪魔ッコ、マウア。
普通……現実では考えもつかないような出来事だよな。
…………その日、僕は夢を見た。
場所は忘れた……だけど、ここではない町の小さな海岸。
うだる様な暑さと、刺す様な日差しが肌を焼く。
幼い頃の僕は、その海岸で誰と遊ぶでもなく押し寄せては引く波を相手に一人で遊んでいた。
「……暑いな」
煙草を吹かしながら、僕を見守る様に見つめている若き日の母さんは素っ気なく幼い僕に呟く。
深くかぶった麦わら帽子から除く、太陽の光りを反射してキラキラと美しく輝く波を見つめながら、幼い僕は、ふるふると首を左右に振っていた。
「……そうか」
自分に目を向ける事なく、たった一人で波と戯れる僕を母さんは哀しげな瞳で見つめながら溜め息を漏らす。
母親が恋しい年頃であるにも関わらず、母親である自分に寄ってもこずに、たった一人で波と遊ぶ僕を母さんはどんなふうに思っていたのだろうか?
母さんの煙草が灰になりかわった頃、母さんは僕に言った。もう、帰ろう……と。
それに対し、やっぱり首を左右に振った僕は、こう母さんに言った。
「やだ」
「また連れていってやるから……今日はもう帰ろう」
幼い僕は、その瞳を海のずっと向こうに広がる地平線に向けると、こう呟いた。
「父さんが帰って来るの、僕待ってる」
その瞬間、母さんの顔がくしゃっと歪んだ。
それが、怒っている表情なのか……今にも泣き出しそうな表情なのか幼い僕には分からなかった。
だけど、今なら分かる。
母さんは泣いていたんだ。
涙を隠す為に怒ってみせたのだと。
「……阿呆(あほう)父さんは、もういないんだよ!海の向こうにも、この世界にもっ」
その日からだった……母さんが僕に厳しくなったのは……。
いつもは無理いって休んでくれていた夜勤の仕事に出るようになったのも……。
僕に興味がなくなったのも……。
僕が父さんを殺したから……。
僕があんな事を言ったから……。
まだ若かった父さんを死なせてしまった僕が、その負い目から母さんを避けていた様に、母さんも僕を避けた……。
必要最低限の会話に、僅かな食費……それが今に至る。
遠い昔の夢……。