伏線は張られていた。
アキヒトが史上最悪な嘘つきになる為の素地は、このころから見えていた。
素晴らしい演技力は、イコール素晴らしい嘘つきになれる才能なんだから。
「俺さあ、美恵子と結婚したいなあ」
夏休み後半、アキヒトは僕の部屋でごろ寝しながら呟いた。
美恵子とは僕の母親だ。
「何いってんの?」
僕が笑うと、アキヒトは転がったまま目を閉じた。
僕の母さんは、確かに変わっているんだろう。
この年で髪を染めたり、夕飯の時間を過ぎても帰らない、腕や足にしょっちゅう青あざを作っているアキヒトにも何の差別もなく接していた。
アキヒトと他の奴の家に遊びに行くと必ず付きまとう疎まし気な目を僕でさえ感じていた。
「アキヒトが母さんと結婚したら、僕の父さんはどうなんだよ」
「俺の子供として面倒みてやるよ」
僕は吹いた。
食べてたジャガリコをもろに吹いた。
時々真剣にエキセントリックな発言を吐くアキヒトの幼い声が、未だに僕の胸に刺さったまま抜けないことを彼は知らないんだろう。