「なんで、なんでこんなこと…ひ、ひど…血…アキヒト、なんで…」
一度叫ぶと止まらなくて、自分の声が怖くて両耳を塞いだ。
両目も硬く閉じた。
こんな現実なら見ないでもいいんだ。
優しい、柔らかい世界しか知らなかった僕の昨日までを返してよ。
塞いでいた両手が、そっと外された。
閉じていた目を開けると、アキヒトがいた。
まっすぐな目で、僕を見ていた。
「大丈夫だよ」
優しかった。
僕の声帯はやっと音波を送り出すのをやめた。
変わりに、あとからあとから涙が溢れた。
アキヒトは僕を抱き寄せて赤ちゃんをあやすお母さんみたいに背中を叩いた。
「大丈夫、大丈夫」
傷だらけで血だらけのアキヒト。
優しい優しいその手が、僕の心を暖めた。
降り続く雨の音が侘しい部屋を包む…。
しばらくそうして抱き合って、アキヒトは体を離して微笑んだ。
「サンキュ」
なんのお礼だったのか、いまだにわからない。
僕は泣き濡れた顔をシャツで拭って、頷いた。
「行こう、あいつが来るまえに」
僕はアキヒトに肩を貸して、部屋を後にした。
僕がこの部屋に来ることは二度となかった。