「そんなんで寒くない?」
簓は言われて初めて気づいた。上着を車に忘れてきたこと。
「だ…いじょうぶです」
大丈夫なわけない。唇も肌も青ざめて死人みたいだ。こんなときじゃなければ、休んで寝ていろとすすめる筈だ。
だが、今は…。
海斗はコートを脱ぎ、手渡した。
「汚れてるけどな」
簓が首を降るのを、有無を言わさず羽織らせる。
「これじゃあどっちが跳ねられたんだかわかりゃしないな」
苦笑まじりに呟く。
袖を通した簓は、その暖かさに感謝した。
あんなに失礼なことを言ったのに気にする風もない隣の大人…。
本当に自分と比べたら、なんてしっかりしてるんだろう。
誰も通らない、街灯だけが白々と照らす道。
時折会話しながら、ゆっくり歩く。
「ササラってどう書く?」
「えと、こう…」
空中に指で書いて、海斗に全く伝わらなくて、笑ったりもした。
圏外なままの携帯は取り出さず…落ちていた枝で土に名前を刻む。
二人とも少しでも不安を寄せ付けないようにしていた
限界があることに気づいてはいたけれど。