僕は……風をきっていた。
気がつけば体は、そこを目指していた。
自転車の前カゴに積んでいた学校の鞄を両肩に背負い、空いたカゴに傷ついた黒猫をのせて……。
……ついでに後部座席に相乗りしているマウアを乗せながら、僕はチャリを前へとつき動かす。
「ガン、やめなよ。もう、その子死にかけだよ?」
「うっさい!まだ生きてる、死なせてたまるか」
耳元で囁く死神ならぬ、悪魔の囁きに耳をかさぬ様に無心を貫きながら僕は強走する。
「どっせーいっ!」
目線の先に映る、車の排気ガスなんかで、くすんで古ぼけたコンクリート打ちっぱなしプレハブ状態の四角い建物の前で僕はチャリのブレーキを踏み、ハンドルをグイっと捻るとタイヤを横に滑らせた。
いわゆるドリフトだ。
「いぬがみしんりょうじょ?」
風で乱れた柔らかな髪を片手で、手ぐしを通すように整えながら建物の上にかけられた看板をマウアが視認し、そして口にした。
僕はチャリから降りると、前カゴから黒猫を抱きかかえた。
冷たくなりかけた黒猫の体が、自身が死に近いことを僕に告げる。
「くそっ!」
直ぐさま黒猫を片手に抱きかえると、空いた片手で固く閉ざされた診療所の扉を強打する。
「おい、いるんだろシロー!」
ドン、ドンっ!
叩く力に想いと願いを込めながら、僕は扉を叩いた。
診療所の診察時間には早過ぎる……もしかしたシローは、まだ寝ているかもしれない。
だが、黒猫にはもはや時間が残されているようには思えなかった。
「なんや〜、誰やねん。こんな朝っぱらから」
僕のドアを叩く音が聞こえたのか、寝ぼけ眼をこすりながら、ボサボサの無造作ヘアをした長身の男が強化ガラスの扉の向こうから、ゆっくりと歩みよってくるのが見えた。
見間違うはずがない。
シローだ。
「おっ、どこの世間知らずか思たら(おもたら)ヒッキー君やないか」
ガラス一枚挟んだ向こうにいる僕を確認したシローは、ゆっくりと伸びをしながら鈍りのある言語でそう言いながら扉の鍵をあけた。