ガンがシローに傷ついた黒猫を預け学校へと向かった後、マウアは診療所で眠る黒猫の側にいた。
「いや〜、それにしてもビックリしたで。まさか朝っぱらから人間様や無うて(のうて)猫の治療する事になるとはな〜」
幼児用の小さなベッドに包帯を巻かれ寝かされた黒猫を、じっと見下ろしているマウアを見たシローは不意に声をだした。
「嬢ちゃん、ここらじゃ見ん顔やけど……ヒッキーの知り合いか?」
マウアは、目線の下のベッドで眠る黒猫から視線を、だぼだぼの白衣に身を包んだシローに向ける。
そして、少しだけ首を捻り考えた後、こくりと頷いた。
「ま、そだね」
「そうかー、あのヒッキーにも友達が出来たんかぁ」
マウアの返事を聞いたシローは感慨深く、うんうんと頷きながら独り言を小さく漏らした。
「ヒッキー?」
先ほどから何度もシローが口にする『ガン』の別の呼び名を聞いていたマウアは、実にひょんとした声で、その呼び名の意味を尋ねる。
「ああ、ヒッキー言うんはな、あいつにワイがつけた呼び名や。あいつ色白いし、学校で虐められとるし、女みたいな顔しとるし、ほんで学校サボっては、この診療所にきとったんや。だからヒッキーや」
右の人指し指をピッと立てながら、楽しそうにヒッキーの名前の由来を語るシロー。
「うわー。ネーミングセンスない、おっさん」
それを聞いたマウアは、ボソリと小さく声を発した。
「ん?何か言うたか」
「別に、気のせいじゃないスか」
怪しげに自分に目を向けるシローから、慌てて目線をずらしたマウアは手持ち無沙汰な空気をやわらげる様にベッドで眠る黒猫に触れた。
小さな寝息をたてながら眠る黒猫。
「まさか、あれだけの大怪我負っときながら助かるなんてたいした奴やでホンマ。それともヒッキーの想いが通じたんかな?」
「想い……?」
マウアには分からなかった。
『想い』……その意味が。
少なくとも魔界では聞いた事のない言葉。
自分には……ない気持ち。
それは人間だけが持つ気持ちなのだろうか?