「私なんかじゃなくって、本当は与兵衛さんにこう言うこと、して貰いたいんだよね……」
「や、やめなって……」
顔を紅潮させ、ちらりと与兵衛を覗き見るお理津。燭台の炎に染められているからか定かではないが、恐らくは伏せる彼の顔もまた、赤い。確かにお理津は彼を誘惑したりもするが、いつも半ば冗談めかしており、彼もまた照れているのか、はぐらかしてばかり。不思議な関係であった。お理津は与兵衛を寄り木としながらも、体の関係は無い。
「与兵衛さん、お理津さんのこと、嫌い?」
いきなり話し掛けられて狼狽える。
「ひ、ひとをからかうでない。そんな事より、いつまで水に浸かってるつもりだ。体が冷めてしまうぞ」
与兵衛は立ち上がり乾いた傘を片付け、二枚しかない布団を敷いた。そして柿渋と糊を仕舞って代わりに酒器を持ち出す。そのまま畳の上へとごろり、と寝転べば手酌で晩酌。障子に向かって立て肘をつき、再び二人に背を向けてしまった。背中越しに水音とタライを片付ける音を聞きながら、ちびちびと杯を重ねる与兵衛。だが、酔えない。
「ふむ……」
すでに子の刻を回るが、眠くもない。菜種油が勿体無くも思うが、悶々として眠れないのだ。それもその筈で、敷いてやった床には依然裸のままのお理津と紫乃。酒で誤魔化そうにも部屋に漂う淫靡な空気は消せず。
「どうでもよいがお前たち、何か着やがれ。昼間といい、よくも女同士でまぐわえるな」
首を捻って視線だけを向けながら言えば、二人と視線が合った。ふと、行灯が消される。たまらず息を吹きかけたのは与兵衛。暗転は彼の表情を見えなくさせた。
「紫乃の言うとおり……そもそもあんたが……抱いてくれないのがいけないのさ」
お理津は悪戯っぽく言ったつもりだった。しかし不覚にも語尾が震えてしまった。
「お、俺のせいにするな」
「女は嫌いかい? もしかして、男色なのかい?」
「違っ……俺だって女は好きさ」
「なら、あたしの事が……嫌いなのかい?」
お理津は暗がりの部屋を手探りのまま、ゆっくりと這うようにして、狼狽えてばかりの与兵衛に近づく。
「いや、そうでは無くてだな、その、武士として……」
「もぅ、堅っ苦しいお人だよう。おまけに面倒臭いときてる」
「なっ」
事の他、顔がこれまでに無いほどに、近い。
「でも、そんな所に惚れちまってんだ……」