※ここまで読んで下さった読者様へ。
2/8投稿した分で番号表記をタイトルに付け忘れてしまったものがあります。
(32)と(33)の間に、番号非表記の投稿分が入ります。
「だが心配するな。長屋は引き払わずに、お前が住めばいい。家賃も俺が与兵衛に立て替えてやる事にした」
「そんなのはどうだっていいんだよ。与兵衛さんは、どれくらい城下を離れなきゃならないんだい?」
「まぁ半年と言った所かな。その代わり俸禄は四倍ぐらいに増える」
「そんな……与兵衛さんと半年も逢えなくなっちまうのかい」
俯くお理津の前で、蕎麦が硬くなってゆく。久間はお猪口を突き出し、神妙な面持ちで続けた。
「それより、長屋を追われたりしたら困るんじゃねえのか? 紫乃が」
「な、なんでそれを!」
お銚子がお猪口にかちりと当たる。
「与兵衛が話してくれた。案ずるな。俺はもう紫乃を咎めるつもりは無いし、与兵衛が引き取ると言っていた。ほら、蕎麦が硬くなっちまうぞ」
「与兵衛さん……」
なぜ一言も相談してくれないのかと、その事が悲しかった。全て一人で決められてしまった事が。
「それでだ。宿無しのお前も堂々と屋根の下で暮らせるって訳だ。今までのように筵で客を取ってないで、部屋で取るようにしたらいい」
「で、でも……」
「与兵衛だってそう言うに決まっている。客は俺が口利きしてやる」
それでは置き屋である。が、久間はまるで最初からそのつもりであったかのように饒舌であった。
「俺は商家や役人仲間に顔が利く。夜鷹を買うような客よりは全然ましだろう」
「旦那だってあたしを買ってたくせに」
「俺は別だ。前々からお前は、夜鷹にしとくにゃ勿体ねえ珠だと思ってたんだ」
「でも、それじゃ置屋と変わんないじゃないか」
与兵衛と過ごした部屋で他の男に抱かれる。彼との日々が汚されてゆくようで、想像するだけでも嫌だった。
「まぁ似たようなもんかも知れねえが、紫乃だっているんだ、それなりの身入りがねえと困るだろう。それとも他にいい食い扶持でも見つけられるってのか?」
「そりゃぁ……そうだけどさ」
確かに筵を抱えて辻に立って客を取るよりは、久間に上客を紹介して貰った方が身入りとしても大きかろう。
「俺が色々と面倒見てやろうってんだ。贅沢言うんじゃねえや」
そう言うと久間は猪口をクイと一気に飲み干した。