その日の帰り道、恭太と雪美は二人一緒だった。
「先生、ちゃんとメシとか食ってんの?熱中症でダウンとか、洒落になんねーしよ」
「食事はきちんと摂っているつもりです。室内温度もきちんと適温に保っています」
恭太はモゴモゴと喋る彼女に、愛らしさを覚えた。
普段、答えの決まっている事柄に対しては高圧的なまでに饒舌に捲し立てる彼女だが、いざ人間味溢れる話をしだすと、人見知りする少女の様にたどたどしい。
「きちんと摂っているつもりって…。なぁんか不安なんだよな、先生って」
「て、適切な食事が摂れていないと?」
「じゃなきゃ寝不足とか?」
「余計な心配は無用で…」
恭太は言葉を遮り、雪美の肩を抱いて、ぶっきらぼうに言い返した。
「余計…ってのは余計だ。
好きな女の心配して何が悪い。
……あ、…悪い……ですか?
悪いでしょうか?…あれ。
敬語って難しいな………」
雪美は早鐘の様に、自分の心臓の鼓動が速まるのを感じた。
「どうせなら今日、補習合格記念に先生ん家に行って夕飯作ってやろーか?」
「なっ、何故あなたの補習合格を祝うのにあなたが作るんですか…!私にだって食事くらい…」
「先生の家に行くのは良いんだ?」
「そ…!それは…………。構いません…」
「じゃあこのままお邪魔しちゃおっかな」
「親御さんに連絡を…」
「ああ、俺一人暮らし。元々、実家が田舎だから、高校行くって決めてから一人暮らしもするって決めてたんだ」
「そう…でしたか」
雪美は目を丸くして呟いた。
恭太の性格からは想像できない優等生な発言だったからである。
「ここです」
雪美は白い外壁の豪奢なマンションを指差した。
「デカ……」
「ち、父が…ここにしろと…言うものですから」
「もしかして先生って、滅茶苦茶お嬢様?」
「そんな事は…!」
雪美は言い返そうとしたが、そもそもお嬢様の定義が何なのか、彼女自身分かっていなかった。
雪美はそれほどまでに、お嬢様だった。
自動ドアを抜けると、大理石の床のロビーが広がっていた。
慣れた手つきで、雪美は部屋番号を押し、オートロックのパスワードと指紋認証を解除した。
「12階です」
「先生、多分ここに住んでることはあんまりバラさない方が良いぜ…?バレたら先生の金目当てに近寄る奴らが増えそうだ…」
「職員以外にあなたにしか教えていません。着きました」
いつも乗り降りするエレベーターに、生徒がいるだけで、ここまでドキドキするものかと、雪美は我ながらに動じていた。