「……っとりあえず、こんなもんですかね」
「はあ…」
うっとりとした溜め息を、雪美は吐いた。
小一時間前とは全く違う部屋が、そこには広がっていた。
フローリングの床は艶々と光り、小さめのガラス板を乗せただけの簡素なテーブルですら、高級感を漂わせていた。
「ごみ袋、一杯になっちまった…」
「ごめんなさい…」
これだけ自らの脆弱性を網羅したにも関わらず、まだ雪美には羞恥心があるらしかった。
恥ずかしいという言葉を、その表情が物語っていた。
唇は不安そうに震え、部屋を見つめる瞳は泣き出しそうな少女の様に潤んでいた。
「や、まぁ、先生も頑張って片付けてたから、夕飯は俺が調達して来ますよ。何が食いたいスか?」
「え…あっ…えと……」
「?」
「私も…一緒に…行きます」
「はは、分かりました、一緒に行きますか。あ、先生!なんか帽子とか被って…!」
「?帽子…?」
「良いから良いから…!」
急に今日、一緒に遊んだ友人たちの顔が浮かんだ。
まさか『あんな』会話の後に、雪美とこんな関係になるとは夢にも思っていなかった。
無論、二人一緒の現場を、学校の誰かに目撃されれば大変な事態になる。
いつもなら冷静な雪美も、舞い上がっているのと疲労とで判断力が低下していたため、恭太の言う通り、ハンチングキャップを目深に被り外に出た。
「よ、余計怪しい気が…」
「でも先生とは直ぐには気づかれませんから」
スーパーに入ってから、恭太はとにかく日保ちする食糧、主食になる穀物類、少量の野菜と肉、大量のペットボトル飲料を箱買いした。
「車で来れば良かったですか…?」
「い、いえ……、か、環境を考えて…あ、あとは…運動不足解消……」
恭太は、大きな袋を一つずつ腕に、さらにペットボトルの入った段ボール箱二箱をバランス良く持っている。
残りの軽い野菜や細かい物は、雪美が両手に持っていた。
「……着きました。本当にありがとう」
「いえいえ、さぁて夕飯を作りましょうか」
「恭太!?」
マンションの入り口に足を踏み入れたその時、道路を挟んだ向こう側から声が聞こえた。
(あいつ……!)
恭太は声の主は間違いなく、友人だと分かった。
(恭太……。と、友達?)
(はい……。先生は一先ず中に…。俺が誤魔化しますから)
荷物を持ったまま、恭太は道の向こうの友人に返事をした。