じっとりとした熱気が、夜の街を満たしていた。
呼吸すら気分が悪くなるこんな日に限って、ゲームセンターの前には高校生が群がっていたりする。
雪美は、(ウチの学校の生徒ではありませんように…)と半ば恐怖を帯びた願いを、心の中で呟きながらゆっくり近づいていく。
――雪美…。
いいんじゃないか…?
ちょっと駅前見てくるくらいで…。
――恭太、これは仕事なの。
さっきも言った通り、手は抜けません。
私は、私にできることをして、
必ずまた帰ってきます。
……………今日で終わりだから、ね?
ばたん。
「雪美……………」
恭太は彼女のリクエストのオムライスを作って、帰りを待つことにしていた。
――いつもより、卵は多めに、フワフワに仕上げてやろう。
「あなたたち、そこで何してるの?」
五人ほどいた男子高校生は、幸いにも全員雪美の学校の生徒ではなかった。
しかし
「……!!あなたたち…!」
五人の中心には、くの字にうずくまっている男がいた。
雪美の学校の制服を着ていた。
「あ〜、もしかしてェ、夏休みの見回りの先生?」
「うっわ、超美人!!本当に先生!?」
雪美の胸に付いた見回り中教職員のバッジを見て、他校の生徒たちは驚いていた。
「この子に何をしたの!?」
うずくまっている男子生徒は、相当暴行を受けていたらしく、気絶しているらしかった。
「いやいやいや先生。俺らが貸してたお金、返してくれないから、ね?」
「そうそう、催促催促。ちょっと催促してただけ」
「……!!催促ですって…こんな状態になるまで…よくも…!!」
「あ?金返してくれないからって言ったでしょ?」
端から見ても、些細な口論でしかなかった。
数分間、ゲームセンターの前で、気の強い女性と、男子高校生たちとが、何か言い合っていた。
そうとしか見えなかった。
「行くぞ」
「おう」
「面倒なことすんなよ」
雪美は、確かに声を出した。
(!!あなたたち!待ちなさい!!まだ話は…!!)
歩行がブレたと同時に感じ始めた、下腹部の白熱した痛みは、やがてじわじわと彼女の膝を崩れさせた。
雪美は、自らの腹に突き刺さった刃物を見て、それから直ぐに恭太の顔を思い出した。
「…っ………はっ……っあ…。…かはっ……きょ………うた………」
ゲームセンターの前で、男子生徒は気絶している。
だから、他の誰かに発見され処置されるまで、雪美の出血が止まることはない。
熱いアスファルトに、頬を擦り、雪美は声を出した。つもりだった。
「………ひゅ…………ぅ……。けほ……」
微かな息が、唇から洩れただけだった。
(嫌………。嫌…いやだよ……!!
これから…なのに…。……やっと……やっと見つけた……。大切な……)