「…はぁ…」
小さく息を切らしながら俺はソコに立っていた。
"視聴覚室"
目の前のドアの上にそう書かれたプレートがぶら下がって付いている。
ドアの窪みに手を掛け、少し間を置いてから横にスライドさせる。
カラカラと音を立てながら抵抗もなくソレは開いた。
そして視界に入った人影。見なくても正体は分かりきっていた。
「やぁやぁ淫乱男子翡翠くん。
待ってたよん♪」
「…うるさい」
クソむかつく第一声に眉間にシワが寄る。
声の正体はもちろん須藤。
彼は不敵な笑みを浮かべながらこちらを見つめて言った。
「あの写真、びっくりした?」
・・・・こいつ…。
「…当たり前だ。
早く消せよ」
「いや♪
だって可愛いもん」
しれっと、そんなことを言う。
消えたばかりの怒りがまた込み上げてくる。
「…はぁ、…お前、一体何がしたいんだよ?
逆ギレしてあんなことしておいて、まだ苛め足りないのか」
苛ついた溜め息を吐きながら、そう聞いてみる。
だって本当に、コイツの行動が理解できない。予測できない。
何を考えてるのか分からない。
怒りに任せて殴った俺のあの行動が悪かったのだろうか。
須藤はそのことを謝って欲しいのだろうか。
だったらそれでいい。こんな面倒なやり取りするくらいなら、いっそ素直に謝って事を済ましたい。
別に俺にはプライドもクソもないんだ。
「謝ってほしいなら、それでもいいよ、俺は。
それで須藤の気が済むなら」
俺がそう言うと、須藤は何故かキョトンとした。
そして、フッと吹き出して言った。
「ははっ、…違う違う。
別に謝って欲しいんじゃないよ。
つかもう殴ったことなんかどうでもいいし」
笑いながら、勘違いだと顔の前で手をヒラヒラ左右に振る。
だったら何が望みなんだよコイツ…。
また分からなくなってイラッときた俺は、そのまま問いかける。
すると須藤は、意味不明な言葉をサラリと口にした。
「・・・俺の望みは、翡翠だよ。
・・・お前が欲しくなったの」
・・・・・・・・・。
<キーンコーンカーンコーン>
須藤の、訳のわからない発言に目を丸くしてたら、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
「…だから、俺のモンになってよ。翡翠」
チャイムなんか完全無視の須藤は、言葉を続ける。
「言っとくけど、拒否権なんかないよ。
嫌だって言うんなら、あの写真ネットで流すから。
そしたら翡翠、もう外出れないね」
クスリと口角を上げながら、とんでもないことを言い出す須藤。
・・・・・なに?なにを言っている?
頭が回らない。
突拍子もないこと言われて。
「…脅し、かよ」
語尾が震えた。体も震えてる。
そんな俺に対して、須藤は余裕たっぷりな様子で答えた。
「そう思うなら思っておけばいいよ。それは翡翠の自由。
でも明日全校生徒写真の話題で持ちきりー♪ってね…」
「・・・・っ」
ゾッとした。須藤に。
ここまで言われて芽生えたのは、怒りじゃなく恐怖心。
…どうして。何で。
何で須藤は…
俺にこんな仕打ちを…?
「…なんで、こんなこと…。
遊び相手ならいくらでもいるだろう、お前には…。
どうして俺なんだよ…ッ」
分からない。どうすればいいのか。
「何怯えてんの?簡単なことじゃん。
黙って俺の言うこと聞けばいいんだよ。…な?」
「ふざけんな!
正気かお前…、俺は男だぞ?」
「知ってる。でも翡翠はそこら辺の女より綺麗で可愛いじゃん?」
…知るか!何で聞く?
須藤のモノになるってことは、昼みたいなセクハラ行為を毎回ヤらされるということか?
そんなの…絶対に嫌だ。
だけど…あの写真をネットでさらされても困る。
―――どうすれば…。