十希がナイフを振り上げた。
ルナは震える十希を抱き締め、目を瞑る。
ザシュ───
肉を裂く音と同時に、真っ赤な血が視界に広がり、鮮烈な真紅が目に焼き付いた。
「十…希…」
「ッ…カハッ」
十希はルナを突き飛ばすと、自身の腹部にナイフを突き刺した。
十希は膝をガクッと折り、口端から血を流し、床に倒れた。
ルナが駆け寄り、十希の頭を膝に乗せ半身を支える。
「十希!十希…なんで…どう…して…一緒にいくって言ったのに!!」
「ッ…」
十希が、涙を溢すルナの頬に触れようとしたが、十希の手は赤く染まり、十希はルナに触れる事が出来なかった。
「十…希…十希…」
十希が優しくルナに微笑むと静かに目を瞑った。
ナイフが刺さった腹部から血が大量に流れ、床は赤い血に侵食されていた。
十希はもう…
「ッ…哀れ…な…人…結局私を無理矢理手に入れようとせず……他の者との幸せを願うなんて…」
ルナが、動かない十希を抱き締め、十希の頬に大粒の涙を落とす。
「──……あなたを…独りでいかせない。罪を独りで背負わせたりしない」
「ルナ!ルナ!どこだ!返事をしろ!」
静夜は炎に包まれている屋敷の中を、必死に叫びながら捜していた。
煙で前も見えず、すぐ側で炎が激しく燃え広がり、熱風は躰を弱体させる。
「ルナ…ルナァァァ───!!」
静夜は無防備に炎の中ルナを捜し続けた。
「……様…静夜…義兄様?」
ルナがいる書斎も火の手が回り、四方炎に囲まれていた。
ルナが、静夜の呼び声に気付く。
「ルナ!!そこにいるのか?!」
煙たち込む中、静夜がようやくルナを見付けた。
「すぐ…助けるから!」
静夜が炎を突っ切ろうとした。
「待って!私に構わず逃げて静夜。お願い…」
「なっ…できるわけない!」
「──……静夜義兄様、私を妹にしてくれるって言ってくれて嬉しかった。忘れない」
ルナの声は炎の燃え盛る音に掻き消され、静夜の耳には届かなかった。
「ルナ!早くこっちに!!」
静夜は炎が燃え盛る中、必死にルナに手を伸ばす。
ルナは動こうとせず、ただ悲しそうに微笑み静夜を見つめていた。
「ありが…とう…静夜…義兄…様。忘れない…ずっと忘れな…い…から…」