俺は高1になっていた。
桜の時期は短い。ついこの間咲いたと思ったら、もう散り始めている。
桃子さんのお墓は桜の木の下にあった。
だから頭に桜の花びらをいっぱい被っていた。
それがとても綺麗だから、俺は払わずにしておいた。
花もいつ来ても枯れていることがない。
俺は花瓶に手向けることが出来ず、いつも左の隅に寝かせて置く
ようにしている。
今日は桃を買ってきていた。花の横に供えた。
帰り道、ひとりの若い男とすれ違った。
俺が振り向くと、向こうの男も振り返って俺を見ていた。
桃子さんのお墓へ行く男に思えてならない。
寺を出た所で、智也と会った。
俺とは違う高校の制服を着ている。
ここでは、何度か会っている。
「おう」「やあ」智也は背も高くなり益々カッコよくなっていた。
「今、男とすれ違わなかったか? 26位のさ」
「ああ、見かけたよ」
智也は苦笑している。
「何、笑ってんだ?」と俺。
「母さんの墓に女が誰も来ないんだよ」「…」
「軽く、2桁は来ているな、若い奴ばかりな…」
「幸せだったんだな、桃子さん」と俺が言うのと、
「幸せだったんだな、母さん」という智也の言葉が同時だった。
二人は顔を見合わせて、フッと笑った。
何気なく智也の手をみると、桃がひとつ握られていた。
「ガッコ、いい子いるか?」と智也が聞いてくる。
「いや、いない」
だよな、と二人揃って、又言い、
多分、俺も智也も同時に桃子さんのことを思い出していたに違いない。(了)