「と…遠野さん…」
彼女が何を言ってくるか気付いたが、それでも僕は一瞬躊躇した。
彼女の思いにだ。
僕のことを思っていてくれてたのは嬉しい。
でも、当時から十年も経って、彼女だってそれなりに付き合った相手もいるのに、そんな一夜を一緒にと言われるほど僕のことを忘れられなかったのだろうかと…。
少し僕は怖く感じた。
そんな僕の思いが伝わったような、彼女は少し寂しそうな顔をしたが、すぐにクスリと悪戯っぽく笑った。
「冗談よ、冗談」
「えっ!?」
「井坂君ってば、真面目に受け止めちゃって。あの頃と何にも変わってないわね、可愛い♪」
「なっ」
嘘だったのか!? と驚く僕を尻目に彼女は
「ごめんね」
と笑顔を向けてから僕に背を向け、他のみんなのところに合流していった。
僕は複雑な思いに駆られた。
ごめんね、と言った時の顔、笑ってはいたが本当に寂しそうだった。
本当に、冗談なんかでなく本気で言った言葉じゃなかったのかと思ってしまうほどに。
そして、みんなの中へと消えて行く彼女の背中が泣いているように見えた…。
正直、男なら一夜をと誘われて断るのはまず少ないと思う。
悪い言い方だが、欲望のはけ口、遊びの一つとして共に過ごすこともあるだろう。
それは女性も同じだと言うが、だけど彼女はそんな感じに見えなかった。
ただ、学生時代の恋心と大人になってからとは違うと思うのに、どうしてそこまで僕に固執するかわからなかったが、僕はなんだかこのまま彼女を見捨てちゃいけない、そんな気持ちになった。
決して彼女を抱きたい、といういやらしい気持ちからでなく、純粋に彼女の思いに答えなければならない、そんな義務感みたいなものがわいたせいだ。
同窓会を終え、みんなまたの再会を約束してそれぞれが会場を後にする。
僕は、みんなに変な誤解をされたくもなかったせいもあるが、少し先に出て隠れて彼女がでてくるのを待った。
彼女が一人になってから、後を追って声をかけた。
「遠野さん」
「!?」
驚いて振り返った彼女に僕は少し深呼吸をしてから尋ねた。
「会場での話し、冗談だっていったけど…嘘なんだろ ? その、僕なんかでよかったら君の気持ちに答えたい」
そして僕たちはホテルの一室をとった。