校内で見かけては目で追っていた。
たまに目が合うと心臓が跳ねた。
……何処の乙女だ。
昼休み。
教室の窓からぼんやりと外を眺めていると偶然にも彬の姿を見付けた。
その少し前を行く男に付いて行くように彬は体育館の裏の方へ歩いて行く。
男の只ならぬ雰囲気に嫌な予感がして、俺は教室を出て二人を追った。
廊下を走るなという先生の注意の言葉を適当に返しながら走り続ける。
体育館の横、角を曲がれば恐らく二人が居るであろう場所。
もしかしなくてもストーカーの素質があるかもしれない、と自嘲を溢した時、彬の声が聞こえた。
「ちょっ…や、ヤメロ!離せよ!」
焦りを含んだ拒絶の声。
急いで角を曲がると、体育館の壁に押さえ付けられている彬が居た。
まだ喧嘩の方がマシだったかもしれない。
今、彬に襲い掛らんとしている男に向けた感情は、殺してやりたい程の憎悪だった。
「オイ…」
怒りで自然低くなる声音。
男の肩を掴んで振り向かせる。
突然の参入者に男が怯んだ隙に力一杯殴り飛ばした。
人を殴ったのは人生初だ。
右手がズキズキするが、そんな事はどうでもいい。
「何してやがる、てめぇ…!」
彬も突然現れた俺に驚いて目を丸くしていた。
倒れた相手の胸ぐらを掴んで視線を合わせる。
「今度また彬に手ぇ出したらぶっ殺すぞ」
我ながらドスの効いた声である。
顔を真っ青にして男は逃げて行った。
視線を彬に向けると、彬は壁に背を預けて座り込んでしまっている。
「大丈夫か?」
「あ…あぁ、ありがと佑兄。……ビビった」
座り込んでいる彬に手を差し出すと、フラフラと伸ばされた手が重ねられる。
立たせようと手を引っ張るが、彬は立ち上がろうとしなかった。
「彬?何処か怪我でもしたのか?」
「ゴメン。違うんだ。…もうちょっと待って」
男に襲われたのがよっぽどショックだったのだろう。
自分を落ち着かせようとしているのか握った手に力が篭っている。
少し乱れた制服。
僅かに震える指先。
こんな時に不謹慎だが、あの男と同じ事をしたいと思っている自分が確かに存在していた。
でも、今の関係を壊したくはないのも事実。
嫌われ、軽蔑されるくらいなら「兄」のままでもかまわない、と。
決意も想いも胸に秘め、彬の震える手を握り返した。