風呂から上がって隣の家に行く。
一分も要らない慣れた道のりは明かりが無くても行ける程、体に馴染んでいる。
でも今日は月がほんのりと足元を照らしていた。
インターホンを押すのがなんだか緊張する。
(落ち着け俺)
意を決してインターホンを鳴らす。
数瞬後に開く扉。
「いらっしゃい」
俺の中での戦いの始まり。
「俺の部屋行ってて。飲むもん用意するから」
勝手知ったる他人の家。
彬の部屋へ迷うこと無く足を進める。
心は迷いだらけだが…。
久しぶりに入る彬の部屋は以前と変わらず綺麗に片付けられていた。
適当に座って心を落ち着かせる。
「お茶とジュースどっちがいい?」
グラス2つとペットボトルを2本抱えて彬は部屋へ入ってきた。
「どっちでもいいけど…」
「ま、適当に飲んで」
「ああ。…で?何処が分からないんだ?」
「あ、うん。ココなんだけど…」
テキストとノートがテーブルに広げられる。
最初はテーブルを挟んで真向かいに座っていたが、彬の方から横の面に移動してきた。
狭まる距離に此方としては気が気じゃない。
彬を見れなくて目の前の数式にだけ意識を集中させていた。
「あー、なるほど。ここでこの公式を使って…」
「そう。で、ここで出た数値を代入すれば…」
「できた!さっすが佑兄!数学だけは得意だよねー」
「『だけ』は余計だ」
彬が笑いながらテーブルの上を片付けてゆく。
俺はすぐ傍にあったベッドに凭れ掛かり、グラスに入ったお茶を飲みながら何処を見るとも無くぼんやりとしていると、鞄の中にテキストやノートを仕舞っていた彬から話し掛けられた。
「あのさ…」
「ん?」
「あの…、昼休みにあった事なんだけど…」
「…ああ」
「俺さ、今までにも何回か男から言い寄られた事あってさ」
「そう…なのか」
「うん。もちろん全部断ってきたし、あんな風に襲われたのは初めてだったんだけど」
俺の知らない所で彬は同性から何度かアプローチがあったらしい。
まったく何処のどいつだ。
「佑兄はどう思う?」
「何が?」
「その…、同性で…っての」
「…は?」
俺にどう答えろというのだ、お前は。
テキストを仕舞い終えた彬がベッドへ腰掛けた。
再び縮まる距離に心拍数が上がる。
「俺さ…佑兄ならいいかなって思えるんだ」
「……はい?」
「違う。佑兄がいいんだ」