バンッ!
大きな音を立てて目の前の机を叩かれた。
講義が始まる前の朝のゆったりした時間に、その音は講堂内に大きく響き渡る。
音の原因となったその手の下にあるノートは僅かに皺が寄り、叩かれた衝撃でペンケースが落ちて中の物が床に散らばった。
その音に周りの視線が何事かと此方に向けられる。
―――不愉快だ。
シルバーフレームの眼鏡を直しつつ、その手の持ち主を睨み上げた。
「貴志…」
溜め息混じりに相手にしか聞こえないような声音で相手の名を口にする。
他の人間なら凍ってしまうような冷たい視線にも怯まず睨み返してくる辺りは流石といったところか。
「手を退けてくれないか、西本。ノートが皺になる」
「何故昨日来なかった?」
「昨日?」
何かあっただろうか、と過去に思考を巡らせていると、更に詰め寄ってきた貴志に胸ぐらを掴まれた。
一触即発の空気に周りがどよめく。
「終わったら来いと言っただろうが」
「ああ…」
そういえばそんな事を言っていたような気がする。
「すまん。忘れていた」
「お前なぁっ!」
殴り掛りそうな貴志の勢いに、周りが止めに入った。
「おい西本!止めろよ!」
「何があったか知らないけど暴力はマズイって!」
両側から腕を掴まれ、口々に制止の声を掛けられる。
別に止めになど入らなくても自分には殴られない自信があった。
貴志は「チッ」と小さく舌打をすると、周りの腕を振り解き講堂を出て行ってしまった。
もうすぐ講義が始まるというのに。
まったく世話が焼ける。
席を立ち、貴志が出ていった後を追うように歩を進めると、周りから戸惑いの声が掛けられる。
喧嘩の続きをしに行くとでも思っているのだろう。
余計なお世話だ。
「ちょっ…宮川」
「大丈夫だ。ちょっと話を付けてくるだけだ」
もうすぐ講義が始まる時間という事もあって廊下に出ている人間は疎らだ。
暫く廊下を行くと貴志の後ろ姿を見つけた。
「貴志」
声を掛けるとピタリと止まる背中。
追い付いてその腕を取り、近くの使われていない部屋に連れ込んだ。
「智則…」
「悪かったな」
「お前の…っ!」
何かを言おうとした貴志の唇を自分のそれで塞いだ。
周りから見れば俺達はいつもいがみ合っているだけのように見えるだろう。
でも本当は―――。
「…ん…、とも…っ」
俺達は付き合っている。