気まずい沈黙を、私が先に破った。
「…なんでここにいるの」
「こっちが聞きたいよ」
また黙り込んでしまった時、武井がぼそっと言った。
「香水、変わってないね」
「…ああ、めんどくさくて」
武井が中学の時、好きだった香りだ。
「大学、どこ行ってるの??」
「学芸。お前は??」
「あ…私は筑波」
「良かったじゃん」
駄目だ。
話が続かない。
武井も私も笑えないし…
…話が途切れちゃいけないの??
彼を笑わせなきゃいけないの??
違うでしょ、だって、もう…
「私、そろそろ行くね」
無理に笑顔をつくって立ち上がる。
「電車、本当にありがとう」
武井がふと顔を上げる。
空中で二人の視線が絡んだ。
「切口…」
どきっとする。
久しぶりに、私の名前を彼が呼んだ。
一瞬だけ昔に戻ったような錯覚に陥るけれど、彼の瞳や声や仕草に以前のような暖かみのなさが現実をはっきりと告げている。
「…切口」
「何??ココア代??」
「俺ら、本当に終わりなの??」
私を見上げる武井。
「もう…もう、前みたいには戻れないの??」
武井は真っ直ぐに私を見つめる。
茶色がかった瞳は、五年前と同じ色をしていた。
武井が暖かさを無くしたんじゃない。
感受性を汚したのは、私の方だ…
「無理だよ」
武井は、今の私を知らない。
「どうせまた、五年前みたいになっちゃうと思うんだ」
私には、武井と向き合える自信がない。
「お互い、損になるだけだよ…」
なんで??
「…切口??」
「…っ来ないで…来ないでよ…っ」
自分の言葉の残酷さに震えた。
なんで??
なんで、思ってもないこと言っちゃうの??
ごめんなさい。
大切なものを、失くしてしまって。
武井…
私はもう、あなたを愛する資格すらない。
「分かった」
武井が立ち上がった。
「分かったよ」
瞳に涙をたたえて…
「さよなら」
規則正しい足音が、立ち尽くす私を追い越していった。
ホームには私一人だけ。
母親に見放された幼い子供は、迎えが来るのを今か今かと待っている──
(違うでしょ??
先に離れて行ったのは、あなたでしょう??)
武井…
どうすれば良かったのかな。
私は一人、声をはりあげて泣いた。
外では雪が静かに降っていた。