実の母親としての配慮が足りなかったのでは…
息子の心に深い歪みをいれてしまったという念にかられてしまうのである。
どれくらい時間が経過したのだろう…
瞳はバスタオルで身体の水滴を取り去り、下着を付けるのも忘れて電話の前に立つ。
明日は金曜…毎週の事であるが週末の夜には和也が大学の寮から戻るのだ。
ああ…和也…和也…和也…和也に会いたい…ただ側にいてくれるだけでいい…
でもあんな事があったばかりで、私にはそれを言い出せない…
このまま私たち親子の関係は破綻してしまうのか…
瞳は迷宮の闇の中で苦しんでいた…
電話で何と言えばいいのか…「明日は帰って来なさい」今はその一言も言い出せないだろう…
それでも彼女は電話する事を決心した。
震える手が受話器に触れる…
すると突然、プ・ル・ル・ル…と電話が鳴った。
瞳はその音にビクッとしながらも受話器を手にしたのだった。
「はっ…はい、内田ですが…」
「母さん……俺だけど…」
「か…和也…」
しばらく沈黙が続いたが、話を切り出したのは瞳の方からだった。
「和也。明日帰って来るんでしょう?」
「…………うん…帰るつもりだけど…」
しばらく和也は沈黙していた。
「…母さん…先週はごめん…」
和也が既に傷ついている事を悟った瞳は、何も気にしていないかの様に返事をした。
「ばかね…いいのよ…母さん別に気にしていないわ…それより明日は、和也が好きなラザニアを作ろうと思っているから寄り道しないで帰って来なさいねっ。母さん気合いを入れて作るわよっ」
「あっ…ああ、わかった!ラクビーの試合が終わったら速攻帰るよ!母さん…ありがとう」
いつのまにか二人の間に存在した緊張の壁は嘘の様に消えていたのだった。