「“いぶき”ってどんな字?」
それが秀太郎に初めてかけられた言葉だった。
「季節の季に吹く。」
20歳の私は男が嫌いだった。秀太郎みたいな軽い感じの男は特に苦手だった。
「みんなが“いぶき”って名前の女の子がいるっていうからさ。どんな子なのかなって。俺は上の名前が“いぶき”なんだ。イタリアの伊に吹く。」
「…。」
「…よろしくな。季吹。」
私は秀太郎を無視して作業を続けた。バイトは仕事。お金を頂くからには真面目に仕事をしたかった。そんな私を遠目でみるバイト仲間は『取っ付きにくい』とか『堅い』など、陰でコソコソと話している。
私は私。自分の気持ち、意志をただ貫きたかっただけだった。
男は嫌い。うるさい、汚い、不真面目、見栄っぱり。子どものころよく父に殴られた。今はどこにいるかもわからない。
母は父に捨てられたと言う。他の女と逃げたんだと。そういう自分は私の目を盗み、自分の部屋に若い男を連れ込んで、朝まで快楽に溺れている。
男は嫌い。でももっと嫌いだったのは男に媚る母だった。