「うわっ…!」
男は私から離れて目を覆い、必死に水道の蛇口を探した。私はその隙にカバンを手に取り、家を出た。
とにかく走って、走って。
どこへ行けばいい?
私に行くところなどない。
「伊吹くん…。」
私は秀太郎の部屋へ走った。一駅分ある秀太郎の部屋まで止まることなく走った。
秀太郎の部屋は明かりはついていなかった。
「今日…バイト休んでた…。」
ピンポンとチャイムを鳴らしてみた。秀太郎は出て来なかった。
私は疲れを感じ、その場にしゃがみこんだ。
「いないよね…。」
真夜中の1時くらいだった気がする。
顔を上げると月が私を見ていた。
どこかの有名な占い師がテレビで言っていた。
“女は月を見てはいけない。寂しくさせる。”と。
私の目に涙が溜っていった。誰も助けてはくれない。私は独り。
私は立ち上がった。もうどこへでも行ってしまえると思った。
「季吹…?」
聞き覚えのある声。
マンションの通路の一番端にコンビニの袋を下げた秀太郎がいた。
夢かと思った。