さっきまで喧しくゴムまりの様に跳ねていた心臓が一瞬柚木の声にビクリ、と震える。そして、ふらりと進み出た柚木の手が織部の腕に触れると今度は高熱を発しているような幻覚に襲われた。
「俺だって噂のスプリンターの走り、見てみたいし…」
すらりとした長身と柚木を力強く抱いた引き締まった筋肉。それだけでも彼の、織部の美しい走りを連想させるに充分すぎる要素だった。
「柚木さん…」
そこにはさっきまではかなげに佇んでいた彼はおらず、僅かに微笑みながら織部を見つめる柚木の姿があった。
「柚木さん!」
「!」
何故かその微笑みが泣いているように感じられ、思わず柚木を抱きしめてしまう。
柚木の柔らかな髪が織部の顔を掠める。
…………
柚木は織部の両腕に引き寄せられ一瞬驚いたように体を震わせたが、直ぐに片手を織部の背中に回し優しく撫でてやった。
数人の生徒が何かを話しながら校門から二人のいる方へ歩いて来てすぐ側を通り過ぎていく。
しかし辺りは既に夕闇が濃く、重なった二人の姿に気を止める者は誰もいなかった。
……―続く?