私は、オタニ・リノ。
今日から、一年振りの長期休みが始まる。
いつも、新聞・雑誌の〆切に追われ、寝る間も無いほど忙しかった。
(今日からは、街の散歩でもしてみようかな)
ずっと、忙しくて気付かなかった、街の賑やかさ。
このまま、溶けこんでいってしまいそうな、都会特有の人混み。
「・・・こんなこと、何で忘れられてたと思う?」
誰にともなく呟き、大きく伸びを1つして、私は歩き始めた。
途中、顔見知りのコンビニ店員さんと、ばったり会った。
「オタニさん!今日はお休みですか?」
「ええ、今日から1週間、休みをもらってね」
「恋人探し、じゃないんですか?」
「やだ、バカ言わないで。今は仕事が恋人。だいいち忙しくて、男つかまえる暇なんかないわよ」
「あぁ、そうですよねぇ・・・じゃ、また」
お昼近くになり、人通りが多くなってきた。
(そろそろ、どこかで食事しようかな)
その時、私は、道端のベンチに座っている、一人の青年に目を奪われた。
黒い日傘を差し、灰色の上着の胸元から、白いシャツがのぞいている。
読んでいる本は、カバーの色や表紙のイラストからして、ミステリーものだろう。
何より私は、彼の顔に見入った。
少し細面で、あまり活気のある顔ではない。
ただ、落ち着きと知性の漂う瞳が、その顔に華を沿えていた。
そう。私は彼を知っている。