雨が降りしきる中、小走りになりながら見慣れた喫茶店のドアを開いた。傘もささずにずぶ濡れになって入ってきた私を、店長の和田さんが驚いて見つめた。そして何も言わずに近くにあるタオルをとって近付いてきた。
『朝から降ってたのに傘をささないのか』
無愛想に『別に』と私は答えてタオルを引ったくった。
ここの喫茶店は隠れ家的なこじんまりした小さな店でめったに客がいない。二年以上通っているお陰で店長とも打ち解けた関係になっていた。
『そうか。…いつものココアでいいか?』
私の無愛想な態度に慣れきってる店長はそう言いながらカウンターに戻っていった。
私も後に続いてカウンターのいつもの席に着く。すると私の座ってる席から2つ離れた席に、見かけない男が座ってくつろいでいた。なんだか落ち着かなくてソワソワしながら出てきたココアをすすった。ほどなくして店長が奥に引っ込むと私は見知らぬ男と二人きりだということに意識せざるを得なくなった。
沈黙が続く。(なんだか気まずい。さっさと帰ろうか)
『傘さすの嫌いなの?』
唐突に話しかけられビックリして男の方を振り向く。
『へ?ああ、…嫌いって訳じゃないけど』
男性と話すのは店長か父親くらいなので妙に戸惑ってしまった。
男は『ふ〜ん』と言って話を切った。
それからはお互い一言も交わさず、私は奥に引っ込んでしまった店長に『また来るねー』と200円をカウンターに残してその場を去った。