それは昨日の昼休みの時間。
教室で談笑している者、校庭でスポーツに興じる者、生徒達は思い思いに過ごしている。
沢山の参考書やプリントを両手に抱えた敬司が資料室へ向かう為に廊下を歩いていた時だった。
「せんせー手伝いましょうかー?」と生徒に声を掛けられた事は何度あっただろうか。
きゃいきゃいとはしゃぐ女子生徒達を軽くかわしながら敬司が廊下の角に差し掛かった時、一人の生徒と正面からぶつかってしまった。
手に持っていた物は全てその場に打ちまけてしまい、ぶつかった衝撃に生徒は尻餅をついてしまう。
敬司も多少よろめいてしまったが、転けるまでには至らなかった。
「…ってぇ」
転がっていた少年から発せられた声に目を向けると苦痛に顔を歪めながら自分の腰を擦っている所だった。
柔らかそうな栗色の髪が窓から差し込む陽光に照らされて更に薄い色を呈している。
気の強そうな目をしたこの少年は2年の相澤光。
彼のクラスの国語は敬司が担当していた。
「大丈夫か?相澤。廊下を走ると危な……」
ヒカルを起こそうと手を伸ばし、先生としてのお決まり文句を言いながら引き上げようとした敬司はある事に気付き、言葉を止める。
急に何も言わなくなり、手を握ったままじっと己の事を真剣な顔で見詰める敬司にヒカルはうろたえた。
学校一の美青年と謳われる敬司に見詰められては同性であってもドキリとする。
「先生?どうかした…?」
「……いや、何でもない。すまない」
戸惑いがちに掛けた声に我に返った敬司はいつもの柔らかな笑みに戻り、ヒカルはホッと胸を撫で下ろす。
廊下に散らばったプリントなどを拾い始めた敬司に慌ててヒカルもそれを手伝った。
拾いながらチラリと敬司の事を盗み見れば端整な横顔が目に入り、睫毛長いなぁ、とかどうでもいい事を思っていたら不意に顔を上げた敬司にまたギクリとする。
「相澤、資料室までコレ運ぶの手伝ってくれないか?」
「へ?あ、はぁ…」
ぶつかって手間を取らせた手前断りにくい。
と言っても特に用事があったわけでもないから問題は何ら無かった。
間抜けな返事をしながら散らばった物を拾い上げたヒカルは、敬司の後について資料室まで行く事になった。