スラリとした長身の頂きには小さい顔が乗っている。問題はその中身。
頬まで伸びたしなやかなストレートの髪が風に揺れている。
眼鏡をかけた切れ長の目には温かみのかけらもなく、薄い唇には酷薄そうな笑み。
男に美しいという表現を日向は今まで使ったことはない…が、目の前にいる男は、紛れも無く、美しかった。
傷のない氷の表面のように。
「…何か?」
透き通るような声なのに風に吹き散らされない。日向はぼうっと見上げたまま、唐突に現れた男を見つめていた。
「折角、素晴らしい空気を肌で感じていたのに、残念です。貴方の歌で汚されてしまいました」
「…な…」
ニッコリ笑って吐かれた台詞。
日向はさすがに我を取り戻し、むっとして立ち上がった。
「あんた、人の歌を公害みたいに…」
「まさに、そういうつもりで言ったのですが」
顔色ひとつ変えずに、男は言った。
こっ…こいつ……。
ゆうに頭一つ分以上高い男に向かって、喧嘩を売るのは得策じゃない。
ピッタリしたダークブルーのハイネックから察するに、やわな感じはしない。ほっそりとしてはいるが、絶妙な筋肉で覆われた感じだ。
間違いなく、喧嘩したら負ける…だろう。
「感じ悪い」
小さく呟いた一言に男の眉が上がる。
「君は…中学生ですか?君くらいになると、もう少し躾られていてしかるべきなんですが…まあいいでしょう。私は行きます。貴方は思う存分、お歌いなさい」
嫌な奴!!
煮え繰り返る腹を抱えてきっと見据えた。
「大人だったらもう少し言い方ってのわきまえなよ、厭味野郎!」
すると、少し驚きの顔を浮かべ…男はふっと笑った。
心底楽しそうに、ほんの一瞬、冷たい色が消え…日向はその笑顔に息をのんだ。
「なかなか、いい切り返しです。ではまた…」
また?
会うもんか、あんな奴!
取り残された日向の心臓に、何故か痛い何かが残っていた。
それが何かは、日向自身検討もつかなかった…。