なんだったんだ、あいつは…っ!!
猫なら全身の毛を逆立ている状態の日向は、颯爽と消えて行った男を思い出していた。
すれ違う瞬間、ほのかに甘いフレグランスの香が日向の心を騒がせ…不可思議な想いをさせた男に尚更、腹が立った。
しばらく一人で川を見るも、最初の安らかな気持ちには到底、戻れそうもなく…日向は悪態をついて咲き始めのシロツメ草を弾いた。
しかし…。
目を閉じると、瞼にはっきりとアイツの顔が蘇る…ちょっとやそっとじゃ忘れられない、印象的なあの顔。
そして、震えるくらい冷たい声…。
なんなんだよ、俺?
…もうどうでもいいっつーのに!
日向はもやもやした頭を振って、立ち上がった。
帰って寝るか。
あれから、一週間。
休みも明け、無事、両親も帰って来て…学校へと日向は急いでいた。
「日向〜!待てよ」
三ノ宮勇人が背中を叩く。
子供っぽいあどけなさを持つ日向と違って、サッカー部のエースは高校生と言っても通じるガタイを持っていた。
「はよ。何だよ、今日朝練ねぇの?」
「そ。今日さあ、新任来るんだって知ってたか?俺らの担任、急病でさ」
「あそ。別にいいけど…どんなん?女?」
可愛い女教師だったらなぁ…と日向は虫のいい想像をする。
このところ、何故だかあの名前も知らない男が思い出されていらついていたから。
まだ頭にきているということだ、と解釈しているのだが。
「おっ!日向ちゃんからそんな言葉がでるとはねぇ…日向ファンが聞いたらナクゾ」
ぶるっと寒気を感じ、勇人を睨む。
「てめぇ…俺がそういう話題が嫌いなのを知ってんだろ」
勇人は大人になりかけの日向のあざとい程、長い睫毛を憐れみの目で窺う…こいつ、自分が男子校でどういう存在か知ったら、登校拒否じゃすまないかも。
決して女っぽいわけじゃないんだが…日向ってなんか構いたくなるんだよなぁ…。
その時、日向がいきなり止まった。
「何だよ?」
「……いや…」
ふわり、と甘い香り。
これ……。
ふっと先をみると、登校する集団のなかで、一人だけ頭が飛び出している…僅かな風にも揺れる黒髪。
あれは。
日向は勇人のことも忘れて走り出した。
数人を突き飛ばし、うわごとのように謝り…ようやく追い付く。
破裂しそうな心臓を抱えて、叫んだ。
「おい!おまえっ!」
すっと立ち止まるスーツの男。
「なんでしょう」