こんな淋しい想いをしている夜に、このマスターのような男性に誘惑されたら、なんとなくその気になってしまう人だっているに違いないと思った。
「ははは、半分くらい冗談、かな。奥さんはまだ新婚だから自分で人妻って意識はないでしょう。」 「はぁ…まだあんまり実感がないんです。働いてるし…。」
「そうだろうね。浮気したくなったらいらっしゃい。奥さんなら大歓迎だよ。」
マスターは笑って立ち上がり、窓のカーテンを締め始めた。
「あ、今日はもう終わりですか?」
「うん、少し早いけどね。今日はもう店じまい。」
「あ、じゃあ、あの、おいくらですか?」
「今日はいいよ、サービス。」
「えっ、でも…」
「そのかわりまた彼と来て下さい。」
「どうもすみません。」
「売上の計算してくるから、もう少しゆっくりして行くといい。」
マスターは気さくにそう言うと、里美を残してカウンターの奥に引っ込んだ。 一人になって、里美はもの憂げにため息をついた。喫茶店だとはいっても密室であることには変わりがないし、そんな所で仮にも男性と二人きりでいるのだ。できれば早めにこの店を出たいと思った。
それに里美はとても健介に会いたくなった。家に帰れば健介からまた電話があるかもしれないし、里美が電話を切ってしまったことで心配をして帰って来てくれるかもしれない。
(健ちゃんに…、抱かれたい…)
健介に、いつものように優しくいたわるように抱きしめてもらいたかった。健介のいないこの三日間、里美はずっとそう思っていたような気がする。健介がしてくれる熱い口づけ、そして健介の手の平が里美の肌を愛撫する感触を、里美はふと思い出し、思わず顔面が熱くなった。
(こういうのって…欲求不満、っていうのかな…)