三条伊織(いおり)はお嬢様学校で知られる「聖フィリス学園」で、際立った存在とは言えなかった。
しっとりとした黒髪、内側から輝くような白い肌…小さな顔を彩る端正な部品。
黒目がちな瞳は大きく、縁取られた睫毛はいつでも濡れているかのように艶やか。
まさに古風な美少女。欠点のない目映いばかりの日本人形…なのだが、きらびやかなお嬢様学校で目立つ要素に欠けていた
もしも共学だったら、彼女の群を抜いた美しさはたちまち取り巻きを作り
高校生とも思えぬ色気に圧倒されていたに違いない。
だが、まさにその事を恐れて父、三条陽介はこの規律の厳しい学園を選び入れたのだ。
そして伊織自身、男性に騒がれることは疎ましい事だった。
伊織にとって異性…男とは穢れた欲望の塊でしかなかった。
だからこの「女の園」に入れられた時は心から安堵したのだ。
女子高ではボーイッシュな少女に注目が集まる。
なかでも神埼清香(きよか)は飛び抜けて人気があった。
モデル張りのスタイルにキリッとつり上がった眼差し、凛として教師にさえ堂々と意見する…伊織も同じクラスになった時から密かに憧れていた。
そして、清香も儚い桜の花びらのような伊織を気にかけていたのだ。
「伊織、どうした?元気ないね」
放課後、ゆっくりと教科書をしまう伊織に清香は声をかけた。
伊織はパッと顔を上げ、ニッコリしてみせる。
「清香さん…なんでもないの。ただちょっと…疲れてるだけ」
清香は自分の短い髪を指先で払い、笑った。
「さん、はいらないって言ってるのに…まあ家の約束事だから癖になってるんだろうけど。学校では清香って呼んで」
伊織は頬が赤らむのを感じた。
(馬鹿な伊織。清香に変に思われるじゃない!)
「わかったわ…き、清香…」
「それでいい。で、本当はどうした?悩んでるんじゃない」
伊織は浮き上がった気持ちから一気に暗転していく気がした。
帰りたくない。
こうして清香とずっと一緒にいたい。
…もしも、清香が私の全てを知ったら…いいえ、それだけは駄目!
伏し目がちな伊織の、腰まで伸びた見事な黒髪に清香はいつのまにか櫛を当てていた。
教室には誰もいない。
初夏の日射しと風が空気を清めている。
「言いたくないならいいよ。でも伊織が帰らないならあたしもいる」
伊織の胸は張り裂けそうに痛んだ。
清香…。