伊織の実の父、大竹隆二は幼い時に亡くなり、母黎子(れいこ)はすぐに現在の義父、陽介と再婚した。
三条家の跡取りである長男がバツイチの女を嫁にする、というのに揉め事が起きなかった 理由は二つある
。
ひとつは陽介自身が3度目の結婚で既に二十歳になる息子がいること。
もうひとつが亡き父の残した会社がかなりの利益をあげていること。
旧家の名門とはいえその肩書きを維持するには金が必要なのだ。
伊織はこの三条家で絶対の権力を持つ陽介へのいわば「いけにえ」
世間知らずで亡夫に蝶よ花よと崇められていた母は守ってくれる誰かが必要だった。
だから…。
伊織が毎日のように義父にされている「秘め事」を知っている筈もない。
「伊織、今日は帰りが遅かったな」
義父の広い寝室で、伊織は肩を震わせた。
「ごめんなさい。お掃除のお当番でしたので」
薄い上等のサテンで出来たネグリジェはふんわりとしていて胸の膨らみを隠している。
が、それでも伊織は自分が裸になったような気がして膝に置いた手に力がこもった。
三条家のなかでも特別に誂えられた豪奢な寝室。
陽介はキングサイズのベッドの上に座り伊織と対峙していた。
鋭く狡猾な目、太く無骨な指。柔らかな伊織の身体など簡単に手折ってしまえるだろう。
陽介はベッドの上で正座する伊織ににじり寄る。
伊織は目を閉じ、これから訪れる試練に身を硬くした。
「伊織…お前、私に秘密事があるんじゃなかろうな」
あの悲しい程幸せな放課後のひとときに、長く細い清香の指でくしけずられた髪…その美しい思い出さえ赦さない義父の汚い手が同じ黒髪に触れる
「何もないです。私は…秘密など持てる身分じゃありません」
僅かな反発の匂いに、陽介の分厚い唇が歪む。
そして、おもむろに細い腕を引き寄せた。
「伊織、私が憎いのか」
「い…いいえ」
花びらのような唇が塞がれる。無理矢理ではない…。
もうわかっているから…