「おはよう、伊織」
「おはよう…清香」
清香の笑顔を見た途端、嬉しくて僅かに気が弛んだ…と、朝、出し尽くした筈の涙が零れ落ちた。
はっとして、慌てて拭き取った。が、清香の真剣な眼差しをみれば誤魔化せなかったことは間違いない。
「伊織…」
俯く伊織を、清香は強引に立たせた。
そして一言「三条さんを保健室に連れていくって先生に言っておいて」
と声をかけ、呆気に取られた伊織を教室から連れ出してしまった。
人気の全くない備品室。
鍵が壊れていて誰でも入れる。多少カビ臭く、沢山のチョークやコピー用紙などが積まれている…まず授業中に人が来ることはない、と清香は呟いた。
戸を閉め、念のため開けられないよう内側にホウキをつっかい棒がわりにノブの下に押し込む。
そして伊織と向きあう。
「時々、ここでサボッてんの。驚いた?」
「ええ…」
実は心底、驚いていた。
この規律の厳しい高校でサボッていたなんて。
…まあ今、伊織自身もそういう状態にあるのだけれど。
「で?…伊織って前からなんか悩んでいたでしょう。それともまだあたしに話せない?」
ほんの少し突き放したような言い方に、伊織は慌てて首を振った。
清香が私の心配をしてくれている…。
清香に嫌われたくない…だけど…。
「…違うの」
(でもあの人にされている事を話したり出来ない…どうせ嫌われるなら…)
伊織は高鳴る心臓を抑えるように、自分自身を抱き締め…意を決して顎を上げた。
「私、…き、清香のことが好き…なの」
「え?」
清香の虚をつかれた顔に後悔が沸き上がる。
きっと、気持ち悪がられるに決まってる…。
言わなければ友達のままでいられたかもしれない…けど、私はきっと余計に辛くなる。
嫌われるなら早い方がいいもの。
続く静寂に耐えられず、踵を返そうとしたとき清香は静かに口を開いた…