「〇〇内科クリニック」
俺が自分の苗字を冠したこの看板を上げて四年になる。スタッフは「看護士長」の聡美が一名だけである。俺と聡美二人だが、それを補うだけの最先端の診療機器及びIT機器は揃えてある。医療機器メーカーのセールスが自動的に俺に許可なく更新して帰る。某東京有名病院に勤める先輩医師からデータが届き分析を依頼される程の「日本に一台」という機器もこの部屋にはあるらしい。
……一方、以前に俺が医大病院に勤務時代、「フィクサー」と噂される男に施術したことがある。彼は当時(多分、今も)決して表舞台には登場しない、時の与党を裏で操る静かなるドンである。……話は逸れるが俺は中学時代に読んで大沢在昌の大ファンとなり、新宿鮫シリーズなど新作の発刊に胸を躍らしてきた。母親には年相応の本を読めと叱られた。がハードボイルドな生き方を彼女ではなく彼に教わり育った。清も濁も合わせ飲むもんだと育ったそんな俺だが、ドンの手術は異常に汗をかいた記憶がある手術室に一名、ドアの内外にボディガードが立つ手術にである。ドンが週刊誌に「命の恩人、若き名医」などと俺のことを名指しで書いたのを読み、いい気持ちはしなかった。……開業した挨拶状は一応送ったが…以降、ドンの紹介状を持った患者が増える。当然殆どが保険対象外の患者である。しかも紹介状の最後にドンの筆跡で「ご迷惑でしょうが先生のお力を持ちまして是非、是非とも」と結ばれていて丁寧な言葉使いが逆に俺に多量の脇汗を流させる。……裏の医療ルートを持ったのは必然だった。勿論、聡美も知ることであり、彼女の協力なしには出来ない治療方法で… 俺のハードボイルド性も無くしてしまうのだが……。今日もドアがノックされる。東京からの電話予約の患者?時計を見る。ピッタリだ。夫婦で来ることは知ってはいたが…ゾクッとする和風美人だ…。ドンの紹介状を読む。近い将来国政を担う有望な人材…とあり、いつもの言葉で終わっている。事務的に男に聞く。
?自分は区議会議院で親は代議士。?38才。妻は35才?結婚して10年?子供なし?その他事項…次回選挙で後を継いで国政に出馬?自覚症状…勃起しない。不能?? いつから?…2ケ月前…
事務的に別カルテに記入していく。俺の脳裏に裸の和風美人が男のフニャリとした性器を必死に、苛立ちげに、手コキする光景が浮かぶ…男の泣きだしそうな顔…。