梅雨。
雨が続いて水を撒かなくてもいい季節。
先輩は屋上の出っ張りの下でiPodを聞いていた。
横にはビールの空き缶。
なかには何本かの吸い殻があるに違いない。
僕は静かに隣に座り、そっと先輩の片方のイヤホンを外した。
綺麗な顔。
目を閉じたまま。
僕は心臓の音に気づかないフリをして僕は平静を装う。
イヤホンを耳にあてる。
クラシックだ。
いくら疎くても知ってる
サティのジムノペティ。
悲しいくらいに美しい旋律…月の光を思わせるような柔らかく暗い…優しい音。
「鈴…お前さ…」
先輩は目を開けずに呟く
僕は黙っている。
「自分が汚いって感じたことある?」
汚い?
「…あります。僕は…卑怯ですから」
亮二先輩は痛いような咳をした。
聞いている方が痛くなる咳。
「そっか。…でもさぁ、俺に比べりゃ綺麗だよ。俺は…汚い」
…?
こんな先輩は初めて見る
誰にでも優しい亮二先輩
カッコ良くて憧れの的。
その先輩が…泣いてる?
長い指を額に交差させている。
その手が震えてる。
隙間から雫…。
「先輩?」
また、咳をする。
「俺は弱い。だから、いつも調子がいいんだ。
本気を知られるのが怖い…なんでなんだ。
なんで、よりによって…俺は…」
僕は気づいた。
先輩は、恋をしてる。
しかもしてはいけない相手にしてるんだ。
「…誰に…」
唇から出かかった言葉を飲み込んだ。
ジムノペティの曲が、僕の感情を狂わせる。
このままじゃ僕は言ってしまう。
この時はまだ、自分でも認めてない気持ちをぶつけそうで怖かった。
先輩は咳をしながら立ち上がった。
「ごめんな、鈴」
嫌だ、謝られたくない!
僕は…。
この時、もしも後ろ姿の先輩に抱きついていたら…何か変わっていただろうか?
過去を変えられるなら迷わず僕は言っただろう。
先輩の涙を見たその時に
貴方が好きです
と…。