「万引きは…犯罪は一応、警察に連絡することに規定でなっています!事務所まで来て下さい。子供なら注意に留めますが奥さんは立派な大人だ!しかも綺麗な…奥さんで。旦那さんも居るし…」
志乃は何も言えずその場にヘタヘタとしゃがみ込んで両手で顔を覆った。
次のエレベーターで人の降りる気配を感じる。
「さあ、立って!奥さん…他人が見ます!取り敢えず…車。奥さんの車、何処ですか?」
ビニール袋からこぼれた幾つかの商品を袋に摘み込むと男は志乃の腕を掴んで引き起こした。
志乃は目の前が真っ暗になり人生の全てを失ったことを悟った。
* * *
猛は女の腕を掴んで女の案内に従って車までビニール袋も運んだ。
ト〇タの高級車だ。
助手席に乗り込んだ。
「奥さん、今日が最初ですか?万引きは」
今日の万引きが悪意のあるものでなかった事をモニターで一部始終、見て知っているだけに猛は聞きにくいことを聞いた。
「万引きなんて私、本当です!したことありません。ホントです!お金はお払いします」女が言う
「私、店長を勤めていますが、この店では万引きは珍しくありません。皆そう言います!『お金は払います、お金はあります、買わせて下さい、家族も居ます、旦那も居ます』と、見つかった後から言うんです!」
猛は冷たい男だと思われただろう。間違いなく。
「これに、今日の万引きの事実を自書して住所氏名押印して下さい」
猛は腰ポセットの手帳の間から折畳んであった書類を開いて女に差し出す
(私は〇月〇日、〇時頃
テニスボール一個、価格 385円税込み…〇〇〇ショッピングセンター〇〇モールで…万引きしました。…今後、二度と……)女は黙って後部座席から厚い買い物袋を引きだし、それを下敷きにして猛の言う通りを震える手で氏名まで書き上げるとそっと猛に差し出した。猛は携帯用の朱肉の蓋を開けて、
「奥さん、人差し指を」
と言うと細長い綺麗な指を突き出した。猛はその女の指を握って朱肉に押し付けた。猛は書類に押された指紋を確認してポシェットに仕舞った。
普通ここまでが店側の処理であって、後は警察の仕事である。これ以上のプライバシーを店が追求してはならないのだ。
「じゃ奥さん、後は警察に来て貰いますから」
と猛は言って、もう一つ、禁を侵して尋ねた。
「奥さん、大学は?どちらを?」…?女は同じ大学の二年先輩だった!