その日、主人といつものような小さな、いさかいがあった。
個人的には生理前の、あの痛みを感じてイライラしていたこともあった。
秋の作品展に備え、連日生徒と議論していた時期
…私はその日、山に入るつもりで準備していた。
老夫婦のオニギリ、コンビニでお茶とサンドイッチも買った。
「先生専用じゃ」と草まで刈ってくれて「関係者以外駐車を禁ズ」と段ボールに書いて竹の棒に挟んである。見て微笑みながら、私は車の中で着替えを済ませて外で頭巾を被った。いつもは私の車の音でここまで迎えに出てくれる姿がその日は見えなかった。
老夫婦の家は長男が後を継ぐ野菜農家だ。目の前は一面広い菜園が向こうまで続いている。
その先から耕運機を止めて麦藁帽子の長男が汗を拭きながら近づいて来た
「先生、すんません。急用が出来てオヤジとオフクロが駅まで行ったんですワ。叔母が来るもんで…もし、時間が出来たら後から、行くち言うとりました」と言う。
「そうでしたか。お仕事中ご丁寧に…私、勝手に山に入らせて頂いてもいいかしら?」
私は、多過ぎると考えてサンドイッチを長男に差し出しながら聞いてみた
「どうぞ、どうぞ!勝手に何なりと…足元だけ気をつけて!先生、携帯は?持っちょりますか?」
私はポケットから取り出して振って見せた。
先日、じいちゃんが鎌の柄で教えてくれた山に入って見ることにした。
免許証やその他証明書などは全て車のダッシュボックスに入れ、キーはナンバープレートの後ろに隠した。
鎌を持ち、ショイ子を背負い、農作業頭巾を被ったスタイルが好きだ。
現実逃避させてくれる。
何処の誰かは、誰にも判らない自分。ホッとする
「行って!きまあす!」長男に手を振ると、遠くから応えてくれた。
少し歩くと汗ばむが、立ち止まると秋の風が心地いい!
ショイ子には太い大根を入れて来た。
篠栗など木もの、枝ものを採るつもりだ。
採った枝先を尖らせ大根に突き刺して置くと水分が保たれ鮮度を保ってくれる。
2時間程、あちこち、素材を求め歩き回った頃、
足元に赤い実をつけた万両を見つけ腰を下ろした
「コラッ!ドロボウー!お前かッ、いつも!」