「私、秋元さんからお聞きして…山に入ったんです。あの、この山に鉄塔がありますよね?赤と白の!」
私が男に尋ねると、
「鉄塔?あるよ!あっち」右手の山を指差した。
やっぱり!右手に鉄塔がある筈がない。
首を伸ばして見ると遥か先に鉄塔が見えた。
おじいちゃんが教えてくれた位置を考えれば左手に鉄塔は無ければならない!…………警察に行かざるを得ない…!
で、どうなるのだ?
私が、「泥棒!」「盗んだ?」「窃盗」
テレビ局に迷惑をかける!マスメディアが押しかける!主人が呼ばれる!教室は閉鎖!
子供の頃から今日までの私のヒストリーをマスコミが面白おかしく書き立てる!大袈裟に嘘も交えて…私が訴訟を起こせばその裁判記事でさらに週刊誌が稼ぐ…
私は終わった!
「あんたねえ!物を盗んで見つかったから返す。見つからなければそのまま! それはないよ!」
男は筋を通していった。
「山芋掘りが無断で山芋を掘って、そのまま、埋め戻しもしねえで…それにオヤジが足、突っ込んで骨折!寝込んだまま…死んだんだよ。誰も責任取る奴、いねえ」
腕組みをして男が言う。
「お気持ち判ります。ごめんなさい!確かに私が間違っていました。あの電話掛けさせて下さい」
秋元さんに電話して、事情を話し、許しを乞うことは出来ないだろうか。
「ああ、いいけどよ。俺もさっきから呼ぶけど、出ねえ!電波が届かね」
万事休す!
その時、男のトランシーバーが鳴った。
「おぅ!…おぅ!…バカか!?…死ねってか!……要らね!…」
男は不機嫌だ。
「たくッ…昼飯も食わせねえ!山ん中で…イラつくぜ!馬鹿ばっかッ」
私に言うともなしに呟いている。
ご機嫌を窺うつもりでは全くなかったが私は、
「あの〜、オニギリで良かったら、有りますが。お茶も、少しですが…」
とっさに言葉が口をついた。私は男の横の長椅子にバスケットを広げ、お茶のペットボトルを横に立てた。
男は、じっと私を睨む…
髭は茫々に伸びているが目は綺麗な澄んだ目をしている。
4分にも5分にも感じた黙って私を見つめる。
私は不審に思い、小首をかしげて男を見つめる