バイブ混じりのベルが鳴り響いている。コールはもう10回を超えたのに、切れる様子もなければ留守番設定への移行もなかった。 けたたましさに気を削がれた富継は、横たわって鏡に映った新しい自分の姿を見つめていた。不意に鏡に向かってしかめっ面をしてみる。今度はアッカンベーを。鏡はどんな表情をしてみても、美女になった富継の期待に応えてくれた。
「メチャクチャ可愛いらしいな… 」 その姿は自分なのに、他人事の様に呟く富継――― 「ええぃっ! 」 面倒くさそうな掛け声と共に、おもむろに富継は携帯を目指して動き出した。携帯電話に今まで縁がなかったから、その対応を出来たら避けたかったのだ。 着信音が止まった。富継が携帯を手にした瞬間の事だった。 『メールだよ〜ん? 』 今度はメールの着信音だ。少しだけビクリとしながら富継は、携帯画面に目を向けた。 大卒である富継は頭が悪い訳ではない。携帯メールの存在も知っている。なんとなく自分の身に起こった事への手懸かりになりそうで、頑張って受信メッセージへとたどり着いた。 《テーブルの上に置いてある封筒を持って、天神橋の下のおまえのねぐらへ行け。そこに協力者がいるからその封筒を渡して『お願いします』と言え。そうすれば謎が解ける。あっ、それからこの携帯も忘れない様にね。》 これは明らかに富継へのメッセージである。封筒もテーブルの上に確かに置いてある。訳が分からないまま、富継は身支度を整えた。 外は春の陽射しに包まれ、目一杯の爽やかさを演出していた。 富継の足取りは軽かった。以前の身体は老化で足腰が弱り、歩く事さえ儘ならなかった。更には慢性の神経痛にも悩まされ、身寄りもない孤独を堪え忍んでいた。それが今はどうだ、擦れ違う男達が必ず富継の可憐さになんらかのリアクションを示す。ある者は思わず振り返り、ある者は遠慮がちにバストやヒップをチラ見する。酷いのになると露骨に富継の全身を視姦し、束の間の幸せに浸る。
謎だらけではあったが、富継の心には今、春風がそよいでいた―――