翌日、ドラッグストアで訳を話し、ササミスティックを一袋買ったのだった。
その日から雨天以外は河川敷で男がタローの躾もしてくれるようになった。
日の長い夏の夕方、小高い土手を歩くのは気持ちが良かった。
男とタローが河川敷で戯れる様子を見るのが組み込まれて行った…。
(この人は何の、どんな仕事をしているのだろう。毎日タローと遊ぶ時間があるとは…一週間も経つのに名前すら知らない)ふと思った。
「あのう、タローが毎日お世話になるのに、名前も名乗りませんで…私、橋本と申します…」
「あッ、そうでしたね、私染矢と言います。橋本さん。…橋本タローだな、お前…よろしくです」
「染矢さん、ですね。お世話になって。こちらこそよろしくお願いします。染矢さんはお生まれは」
「九州です」「えッ、九州はどこ?私、熊本です」「私は太宰府です。熊本ですか。そうだったですか」 「太宰府は、都府楼とかありますよね」「そうそう、あの近くです。良くご存知ですね」「ええ、大学が福岡だったものですから」「へえ、そうですか、福岡のどこ?大学」「Q大です」「なんだ!私もQ大ですよ工学部」「私、経済!」…
日頃話し相手も居ない私は関を切ったように懐かしさが込み上げてきた…
「へえ…世の中、狭い!そうか。益々、よろしく」
男はタローの首の辺りをくすぐるようにしながら話す
「そうですね。狭いです、こんな場所で…」
「ですね!で、何年卒?」
「11年…平成11年です」
「ちょっと、待って下さいよ!私もですよ、経済学部?…橋本さん、下の名前は?
「みどり!今は橋本みどり!えーっ、うそ〜。本当に…うぁ…そうですか」
「みどりさん…そっか。私は四郎。染矢四郎です」
男は丸太椅子の私の横に座った。
タバコに火を点けて空に向かって、フー〜 と煙をはいた。
その横顔に…またゾクゾクとした。
「最近……帰りました?」
「いえ、主婦などしてるとなかなか…染矢さんは」
「もう、何年も帰ってません。経済は学舎、移転したんだっけ」
「あれは文学部です」
私達は一気に近づいた気がした。
「それで染矢さんは何故…こんな所と言ってはなんですが…ここに?…どこにお住まいですの?」
「ええ、秋にはMITに帰りますが…いま論文書いてまして…住まいはと聞かれると答ようがありませんが…あの橋の下です…あと1、2週間で撤収かな。どうも日本の暮らしに馴染めなくて…」
「橋の下…ですか?MITって?」
私はダンボールハウスを想像して内心幻滅を感じた。