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母の遺言(二)

バツイチ女  2010-04-23投稿
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『このお鍋、特注品だから毎日手入れをしてね』

横幅が 30センチもある四角い卵焼き器だった。
母は見事な卵焼きを焼き上げて行った。
今夜の内にダシ昆布や鰹節、化学調味料などを加え明日のダシの作り方まで教えてくれた。

にも関わらず、母は翌朝も私の卵焼きを傍でじっと見つめていた。
母は台所のお砂糖容器を胸に抱くように腕組みをして見つめる……
『判るでしょ。朝食には一切、お砂糖は必要ないの。使っちゃダメ…』

こうして私も徐々にに腕を上げて行った。
入居者もいい方ばかりで私の食事を誉めてくれた
…千葉って、こんなにイケメンさんが多かったかしら…こんな私の会話にも気安く応じてくれる。

『そりゃそうよ!私が選んだ皆だもの。男前ばかりよ!……いっぱい食べるのよ!朝ご飯を食べない人は部屋を出て貰いますからね…元気なくて病気でもされたらお家賃も頂けない…さあ、お代わりして…』

母は満足げに全員を見つめるのだった…。
当時、12人の入居者の内、班長を『修さん』が担当してくれていた

それと、母が偉かったのは、300坪程ある敷地のこの住居に隣接して 24H営業の本屋とコンビニを誘致していた。
24Hの本屋は学生達に重宝がられたし、コンビニとの相乗効果もあり賑わっていた。

入居者は朝はコンビニで弁当、新聞を買う。
経営者はコンビニの片隅に喫茶コーナーまで設けた。これも当てた。
大盛況だった。母のアイディアだった。

母は綺麗な人で、いつも和服を着て割烹着がトレードマークだった。
コンビニと本屋の賃貸し地代と入居者の家賃で余裕のある暮らしをしていた。
唯一の嗜好品はタバコだった。
私には毎月 35万円を給料としてくれた。

そんな母も私が出戻りして 二年目、逝った。
私はタバコを忠告したのであるが、急に髪が総白になったのだった。私が奇異に感じて医者を奨めた時は手遅れで、肺ガンが全身に転移していた。
医者は余命、三ヶ月だと言った。

68歳の母は亡くなるまで意識はしっかりしていた
…財産目録、権利書、契約書、保険証書…はキチンと分厚いファイルに閉じてあった。預金通帳は 15冊程あった…

『お父さんは極楽に居るから…でも会えないかもね…私、地獄に行くかも知れないし……。
後は藤田弁護士さんと相談するのよ……………。
心残りはあなたのこと。…もう、結婚はしないの?…卵焼きは上手くなった……』

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