うるせえんだよ!
跳ねる用に開いた扉に飛ばされた。
男はいきなり僕の胸ぐらを掴んで引きずり、部屋に放り込んだ。
「好きにしろ、俺が帰るまでにまだいやがったらてめえを川に沈めてやる」
玄関に放置され、背後に叩きつけられた扉の閉まる音
僕は恐怖で立てなかった。捕まれた胸元を見て、そこに赤い染みがあるのを見て部屋の奥を見据えた。
あの男の拳は血に濡れていたんだ。
誰の?
誰の誰の誰の誰の。
わかってる。
怖いだけだ。
見るのが、知るのが、関わるのが、入り込むのが。
逃げよう。
見ちゃいけない。
関わっちゃいけない。
僕は関係ないんだ。
僕はまともな世界の住人なんだから…。
僕は這いずって体の向きを変えようとした。
その時
ふいに口の中に苦味が広がった。
あるはずのない、タンポポの青い苦味が。
それはアキヒトの笑顔の残像だ。
それは僕のあるかないかの勇気だ。
それは、あの日、振り返って僕の存在を確かめていた不安げなアキヒトの目だ。
タンポポの苦味を、ないはずの苦味を噛み締めて、僕は這った。
出口とは逆へ。
アキヒトのいる、奥へ。